平 凡蔵。の 創作劇場

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散散歩歩。(1111)みゆきさん慕情。

アイラブユーみゆきさーん

このところ、みゆきさんの情報が頻繁に入るようになってきた。
映画館での上映や、カレンダーの発売、そして、何より待っていたのが、2020年のラストツアーのCDとブルーレイの発売だ。

なかでも、ブルーレイは、楽しみにしていたのでありまして、何が嬉しいと言って、みゆきさんの顔が見れることなんだよね。

写真じゃなくて、動いているみゆきさん、しかも、今回は、メイキングというかコンサートの準備や裏側も含めたダイジェスト版のような形で公開されたものなので、更に身近に感じられる。

それにしても、悲しい。
どうしてこんなにも、記憶というものは、儚げなものなのだろうか。

凡は、このラストツアーに、3回も行った。
金沢に2回と、大阪で1回。
なのに、覚えていない。

CDのセットリストを見て、あれ、こんな歌も歌ってたんだとか、こんな構成になってたんだとか、ほとんど、記憶が消えさそうとしていることに愕然とした。

何故か、コンサートの内容より、会場で待っている時の風景とか、或いは、金沢なら、コンサートが終わってから、どこに食べに行ったとかね、そういうことは、結構、はっきりと覚えていたりするのだけれど、肝心のコンサートの内容については、ただただ、記憶が曖昧だ。

そういう中でも、覚えているのは、大阪フェスティバルホールで、今日で一旦休止となったときの、みゆきさんのメッセージだ。

ブルーレイは、その大切な部分だけ流れていたけれども、あの前に、言葉は忘れてしまったけれど、「国の通達によって、やむなく大阪の明後日と、その次の日の公演を中止することになりました。」みたいな言葉を言ったのです。

あの時、ちょっと悔しそうな表情を、みゆきさんが見せたんだよね。
あれは、印象的だったので覚えている。

それと、覚えているのは、衣装だ。
淡い花のイメージの、レースのようなドレス。
あれは、美しかった。

んでもって、凡好みに、腕のところをシースルーにしてくれていたんだよね。
まあ、凡の為にしたわけじゃないことは分かっているけれども、うっとりしちゃったよ。

あとは、フェスティバルホールの時は、前から2列目だったから、歌う時の力の入り方が、すぐそこに見えるんだよね。
歌いだす時なんか、ピンヒールのみゆきさんの足が、キュッと動いて、ああ、身体全体で歌ってるんだなということが解るんだよね。
あれは、感動だった。

覚えいているのは、その3点ぐらいなもので、肝心の歌っている時の、みゆきさんの記憶が、極めって薄い。

ああ、どうして覚えていないんだろう。
みゆきさんに会っても、その記憶が消えてしまうなら、その出会いに意味はあるのだろうか。

ただ、その瞬間に生きると言えば、綺麗な言葉に聞こえるけれども、それは、悲しい事実である。
別に、その瞬間に生きようと思って生きている訳じゃないからさ。

ただ、みゆきさんに会いたいという欲を満たすために、必死になってチケットを取って、コンサートを見に行く。
そして、終わったら、忘れてしまう。
それが、瞬間に生きると言う事なら、それは、そこいらにいる動物と同じじゃないか。

折角、人間という、まあ動物よりは高等だと、或いは、進化したと、そう思っている存在に生まれたのだから、いつでも、楽しかった記憶を呼び起こせるようには、進化出来なかったのだろうかね。

ラストツアー1.jpg

届いたブルーレイを、見た感想は、メイキングの部分は、ちゃんと撮れているだろうと、これは、始めから想像していたけれど、歌っているところも、意外と、しっかりと撮れていると思った。

勿論、アングルが固定されていたり、画像が荒かったりするけれども、みゆきさんの顔を見ることが出来るんだもの、そんなことは、些細なことである。

それにしても、これだけ、しっかり撮れているのだったら、もう、コンサート全体の歌っているところを、不完全でも1枚のブルーレイにしても良かったのではないかと、いや、そうして欲しいと切に願うところではあります。
もう、ヤマハさんの意地悪。

なんて、まあ、そこは、みゆきさんがオッケー出したなら、まあ、今のブルーレイで満足するしかないのではありますが。

そんでもって、ツイッターでも、声があったけれども、メイキングもカラーにして欲しかった。

特に、これもまた、ツイッターでも呟かれていたけれども、あるシーンだけでも、カラーにして欲しかった。
それは、あたいの夏休みの途中で、早着替えの練習の時だ。

みゆきさんが、急に後ろを向いたかと思うと、スタッフが近寄ってきて、その衣装を脱がせて、新しい衣装を着せる。
ほんの一瞬、みゆきさんの背中が見えるのだ。

黒い(黒白フィルムなので、本当に黒かどうかしらないが)アンダーウエア―というのかな、身体にフィットしたタイツのようなシャツを着た背中が映し出される。

4本の肩のストラップ?から、ひょっとしたら、あれはヒップラインの上ぐらいまでが、露わになるのである。
ドキリ。

いやあ、これはサービスショットではないのだろうか。
みゆきさんのサービスというか、オマケ。

「あんたたち、(この場合は男性か)コンサートは、まだ出来ないけど、その間、あたしの背中でも見て、興奮してなさい。」

なんてね、みゆきさんのサービス精神かもしれない。

あのシーンだけは、カラーで見たかったね。
きっと、透けるような白い肌なんだろうなと。
ああ、みゆきさんの背中に触れてみたい。

あの背中に、触れることのできる人は、いるのだろうか。
いや、いて欲しくない。

もし、目の前にあの背中があったら、凡は触れてしまうのだろうか。
そんなことをして、みゆきさんに嫌われたら、それこそ、絶望しか残らない。

そうだ、みゆきさんの白き背中に触れるには、それなりの理由が必要だろう。
触れることが当然であるという理由が。

、、、、うん、あれしかないか。
凡は、指圧師なんだ。

しかも、そんじょそこいらの指圧師じゃない。

あれは、富山の奥深い山の中でのことだ。
凡は、俗界から離れて、修行をしていた時の事だ。
ある仙人と出会う。

そこで、仙人から、神代から伝わる人間のツボの秘伝中の秘伝を授かったのだ。

「ええか。これは秘伝中の秘伝やから、ここぞというときしか使こたらアカンぞ。ええな。」
「はあ。そんな凄いツボなんですか。」

「そうや。これはな、あの空海さえも教えて貰えなかったツボなんや。」
「でも、そんな凄いツボをなんで、私に教えてくれるんですか。」

「ああ、わしも、もう300年も生きたからのう。この世界に飽きてしもたんや。そろそろ、あっちの世界に行ってみたいきになってのう。」

「あっちの世界ですか。」
「ああ、あっちの世界は、ええらしいぞ。うひひひ。」
と言って仙人は、小指を立てて凡に見せて、イヤラシイ笑いをした。

「そやけど、300年も生きたっていうとこ、突っ込まんでもええんか。」
「はあ。別にいいです。」
さっきの仙人のイヤラシイ笑いを見たら、あっちの世界について聞きたい気持ちや、300年生きたっていう真偽を確かめる気持ちも失せてしまった。

「それで、その凄いツボとは、いったい何なんですか。」
「おお、それや。それはな、女子歓喜狂い死にのツボというんじゃ。」

「えらい大袈裟な名前ですね。」
「ばかもん、何も大袈裟なことがあるかいな。これはな、背中にあるツボなんじゃが、これを押すと、女子は誰でも全身に快感が走って、そこで初めて女に生まれた喜びを知るという、詰まりは、人救いのツボなんじゃ。ただ、諸刃の剣での、軽く押すなら人救いになるんじゃやが、強く押しすぎると、喜びに打ち震えながら死に至るという危険なツボでもあるんじゃ。ただ、死ぬときに、たいがい、ツボを押したものに向かって、『おおきに。』って合掌して死ぬそうや。そう言う意味では、救ってるのかもしれんな。」

「死ぬそうやって、仙人は、そのツボを押して殺したことは無いんですね。」
「ああ、無い。というか、わしがツボ押したろーちゅーても、なんか知らんけど、女の子は、みんな『いや、いや、いや、絶対に結構です。』なんて言いよるんやな。なあ、あれは、イエスという意味やったんやろうか。『お願い押して。』っていうことやったんやろうかな。わし、女心が分からんのや。なあ。あれは『お願い押してーん。』っていう意味やったんかな。」
女の子の変な声を出しながら、仙人が聞いた。

「いえ、仙人に触れられたくなかっただけだと思いますよ。」
と、そんな風にして伝授してもらったツボである。

今、目の前に、みゆきさんの白き背中がある。
みゆきさんが、練習を終えて、身体の調整のために凡が呼ばれたのである。

いや、勿論、凡は、その時に、女子歓喜狂い死にのツボ以外にも、身体の不調を治すツボも伝授されている。
なので、今回は、そのツボを使って、みゆきさんの身体の不調を治そうという訳なのだ。

白いみゆきさんの肌から、体臭に混じったジャスミンの香が漂ってくる。
ああ、これから、みゆきさんの肌に触れるのだ。

しかし、普通のツボで身体の不調を直した後の事が、凡の頭から離れない。
あの仙人から伝授されたツボを押してみたいのである。

そして、みゆきさんに、女として、この世に生を受けた喜びを与えたい。
でも、凡は、みゆきさんの肌を目の前にして瞑目している。
押すのをためらってしまう凡がいるのだ。

「ええか。くれぐれも言っとくけど、押す時の力加減に気をつけるんやで。強い力で押したら、歓喜に悶えながら死んでしまうからな。詰まり、エライコトになるちゅーわけや。ええか、そこだけ気いつけるんやで。」
なんてことを何度も聞かされているので、これは慎重にならざるを得ない訳なのだ。
みゆきさんを死なせるわけにはいかない。

しかし、弱い力で押すと、推したもの、詰まりは、凡にポッとなっちゃうわけなのであるからして、これは男として押さない訳にはいかないだろう。

よし、押そう。
「指圧のこころは~、母ごころ~、押せばスケベの泉わく~。」節をつけて言った。

いや、これは実に恥ずかしいけれども、仙人からの伝授であるからして、それは正確にやらなければならないのである。
何となく浪越徳次郎さんのパクリのようなフレーズだが、仕方がない。

さて、そっと、みゆきさんの背中に触れる。
シルクのような滑らかな肌を、背骨の位置を確認しながら、下から上へと滑らせる。

よし、ここだ。
ここが、女子歓喜狂い死にのツボだ。

みゆきさんの肌に触れた凡の指先が、熱く火照っている。
ああ、好きだ。

「みゆきさーん。」
叫びながら、ツボを押した。

「しまった。感極まって、思いっきり押してしまったじゃないか。」
その瞬間、みゆきさんの背中は、雪のような白い肌が、血のような真っ赤な肌に変わった。

「ああ、ああーん。」
みゆきさんが、歓喜の声を上げたと思ったら、凡の方を振り返って、合掌した。

「凡ちゃん、おおきに。」
「みゆきさーん、死なないでー。」

そう叫んだが、事すでに遅し。
みゆきさんは、目や鼻や口から、得体のしれない液体を流しながら、目を閉じた。

、、、、というか、そんな妄想してたら、そのうちに、みゆきさんに嫌われちゃうね。

兎に角だ、兎に角、みゆきさんの早着替えの練習の時の背中は、美しかったのであります。

それにしても、2年前のラストツアーの内容を覚えていない。
何とも、悲しい事実なのである。

凡は、旅行のレポートなどをブログに書くときも、その動機の数パーセントは、老後の楽しみというか、後になって、ああ、こんなところも行ったねと振り返ってみるためでもある。

コンサートもそうだ。
ああ、あの時は、コンサートを見て、こんな風に感じたんだなとかね。

ということで、改めて、2年前のブログを読み返してみると、やっぱり、その時は、必死になって見ていたのが分る。
そして、こんな風に感じていたんだなと。

ということで、こんなブログでも、凡自身にとっては、意義のあるものなのだろうと思う。
以下に、その2年前のみゆきさんのラストツアーの感想を書いたブログのリンクを張っておきます。

お時間がある方で、他にすることも無い方は、宜しければ、覗いてみてやってくださいましね。
中島みゆきさんのラストツアーのブログ。

2020年1月20日。金沢公演。
☆彡 オープニングから、悪女まで⇒⇒⇒
https://tairabonzou.jp/202001_article_5_html

☆彡 浅い眠りから、齢寿天任せまで。⇒⇒⇒
https://tairabonzou.jp/202002_article_1_html

☆彡 離郷の歌から、宙船まで。⇒⇒⇒
https://tairabonzou.jp/202002_article_2_html

☆彡 あたいの夏休みから、ラストまで。⇒⇒⇒
https://tairabonzou.jp/202002_article_3_html

1月21日(火曜日)。
金沢2日目のコンサートの感想。⇒⇒⇒
https://tairabonzou.jp/202002_article_5_html

2月26日(水曜日)。
大阪、フェスティバルホールのコンサートの感想。
https://tairabonzou.jp/202002_article_7_html

今回も、最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

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