2016-03

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散散歩歩。(596)徒然なるままに神頼み。天理教編。

人はどうして宗教にすがろうとするのだろうか。本人も気が付かないうちに何かの規範を求めているのだろうか。現世利益のためだろうか。或いは、何か漠然とした目に見えないものにたいする畏怖の念だろうか。昔では、学問の場だっり、権力の場だったり、軍事力...
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散散歩歩。(595)徒然なるままに神頼み。大本編(2)のその2。

※字数が多すぎたので2分割してアップしています。  この前の部分もありますので、よろしかったら読んでくださいまし。  前のブログからの続きです。綾部に着いたら、急ぎ足で大本の聖地に向かう。ここだなと思うところに着いたら、またもや案内板に参拝...
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散散歩歩。(594)徒然なるままに神頼み。大本編(2)のその1。

新興宗教と聞くと、断っても断っても、しつこく訪ねてくる勧誘を真っ先に思い浮かべてしまう。凡は、情報は多い方が良いと考えているので、そんな勧誘も別に嫌じゃない。情報を得てから、受け入れてもいいし、拒否してもいい。なので、たまに自宅にピンポンと...
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散散歩歩。(593)徒然なるままに神頼み。大本編(1)

神様や仏さまというのは、果たして存在するのだろうか。凡は子供のころから弱虫であった。そして、怖がりでもあった。なので、何か辛いことや問題があったときには、漠然と何か神様のようなものに頼ろうとしたり、また暗闇が怖くて、いつも電灯のマメ球をつけ...
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散散歩歩。(592)アイラブユー・ほたえてくれ!みゆきさーん。(232)

癒されるという言葉を最近はよく耳にする。それは、今の世の中の人がそういう言葉を必要としているからだろう。詰まりは、誰でもが何となく寂しいとか、不安だとかいうような気持ちを抱えながら日々を送っているということなのだと思う。ただ、その癒されると...