平 凡蔵。の 創作劇場

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散散歩歩。(530)アイラブユー・ほたえてくれ!みゆきさーん。(190)

8月23日の中島みゆきさんのオールナイトニッポン月イチ。
この前のブログで書くのを忘れてたけれど、今回もネガティブ川柳は読まれなかった。
今回は、8枚ぐらいは送ったんだけれどね。
それに、自分ではいいんじゃないというのもあったんだけれどね。
残念。
とはいうものの、ラジオを聴くのはみゆきさんの声を聞くためであって、川柳はどうだっていい。
とはいうものの、ラジオからみゆきさんの声で凡の名前を呼んでもらえるのは、何ともうれしいものではありますが。
そんでもって、今回はミニボンが最初に読まれたね。
結構な枚数を書いては送っていたので、これは素直におめでとう!
さて、今回の放送の前半のビールについては、この前に書いたのだけれど、そういえば後半にも気になるところがあったな。
泣いてもいんだよのコーナーで、結婚記念日のホテルでころんでお尻にアザができちゃって、部屋で旦那に氷で冷やしてもらったという話の時だ。
みゆきさんが、「結婚してるっつーのは、こういうとき便利だろうね。」というようなことを喋ったことだ。
中島みゆきさんは、独身である。
でも、本人は結婚をしたいのだろうかなと思う。
独身生活が長くなればなるほど、結婚生活は面倒くさくなるものだろうと思う。
自分の時間も減っちゃうしね。
とはいうものの、みゆきさんはまだまだ可愛いくて若い女性だもん。
そんな気持ちもあって不思議はない。
否。
そんなはずはないのである。
あってはいけないのである。
というよりも、みゆきさんには結婚なんてして欲しくない。
やだ、やだ、やだー。
凡が、みゆきさんを好きになったのは4年前だったのかな。
それまで何も思わなかったみゆきさんを突然に大好きになってしまった。
でも、その時に、みゆきさんが結婚をしていたなら、たぶん凡はこれほどまでに好きになってはいないと思う。
別に歌が好きになったから、みゆきさんを好きになった訳じゃないからだ。
見た目というか、声と言うか、表情というか、理由もなく好きになってしまった。
1人の女性として好きになった。
だから、出来ることなら凡はみゆきさんを独り占めしたい。
その方法として考えられるのは結婚だ。
凡はみゆきさんをお嫁さんにする。
結婚なんてもので人を縛ることが出来るなんて考えることは卑しい。
でも、家に帰ったらキティちゃんのイラストの入ったエプロンのみゆきさんが出迎えてくれる。
これは無条件に素晴らしいじゃないか。
とはいうもののである。
凡には既にミニボンという正妻が存在する。
何たることだ、サンタルチーア。
凡は今現在、結婚というものをすると、どんなエライ思いをするのかということを検証するために実験的に結婚をしている。
とはいうものの、その実験は或いは楽しいものでもあり、或いは安心できるものでもある。
考えてみるとミニボンほど凡に尽くしてくれる人はいないだろう。
凡は尽くされなきゃダメなんだ。
とはいうもののである、みゆきさんは凡に尽くしてくれるのだろうか。
とはいうもののである、みゆきさんだったら尽くされなくても仕方がないのかもしれない。
そんでもって、ミニボンである。
正妻である。
なので、みゆきさんと結婚をしてみゆきさんを独占するということは、今の日本では無理なのである。
なので、可能となるのは2号さんだ。
凡は既にミニボンに、みゆきさんを2号さんにしてもいいという許しを得ている。
たとえ2号さんに至らなくとも、みゆきさんに出会ったなら、「何ぞ事があった時は」「何ぞ事があっても」良いという許しも得ている。
なので、準備は万端なのである。
虚しく準備万端中なのである。
当のみゆきさんは凡の事など、その存在も、そして凡の気持ちも知ることもなく充実した毎日を送っている。
悲しいね。
でも、いつか会える人目指して、そしていつか「何ぞ事がある」ことを目指して、凡は凡であり続けるのであります。
さて、その結婚だ。
何故人は結婚をするのだろうね。
さっき凡が言ったように、愛する人を束縛するものでもある。
或いは、地域や国家などの大きいもの家族を含む小さいものはあるけれども、コミュニティーとしての集まりを存続させる手段だったのかもしれない。
或いは、稼いでくるものと、家を守るものという役割が、人をして安定させるものだったのかもしれない。
でも、その理由のいくつかは現代においては既に崩れかけている。
昔は男性は外で稼いでくるものであったのだけれど、今は給料も減り夫だけの収入では生活が厳しくなっている。
凡だってミニボンにパートをしてもらっている。
なら、稼ぐもの守るものの区別はない。
とはいうものの、ミニボンは凡に尽くしてくれるし、家の事もいろいろやってくれて守ってくれている。
そう思うと、凡自身が情けなくなる。
そして、拓郎さんの「流星」を心の中で叫んでしまう。
「君の欲しいものは何ですか」と。
凡はミニボンが欲しいもの、なりたかったもの、そんな夢を壊してしまったんじゃないなかと思うのである。
それに、愛する人を束縛するってたって、今のように離婚率が高くなっていることを思うと、それほどまでには束縛力はないものであるのかもしれない。
色んな時代で色んな形態の結婚があっただろうし、色んな地域で色んな形態の結婚があると思う。
しかし、世界中で今も結婚というものが、それが当たり前のように続けられているということを考えると、人は結婚というものが必要なのであろうと思うのである。
この世には男と女がいる。
その関係において、もっと自由であってもいいのかもしれないのである。
詰まりは、好きな人が好きな時に一緒に住んで、扶養だとかそんなこともなくて、名前も変わることもなく、子供もどっちと住んでもいいとか。
とはいうものの、そうなると色々面倒なこともまた出てくるだろうね。
テレビじゃ、痴情のもつれの刃傷沙汰が毎日のように放送されたりして。
そんでも、人は結婚をする。
不思議である。
この人を一生守りたいから結婚をするなんて言う人もいるけれど、それは思慮が浅いというものだ。
何を以て守るというのだろうか。
守るったって、その人の許せる範囲内で守るということでしかない。
自分が苦しくても、その相手の個性や本来の面目を活きいきと発揮させることが出来て始めてその人を守るといえるのではないだろうか。
だから、そんなことを言う人は信用できない。
それだったら、ただ好きだから、束縛したいから結婚したいと言った方がよっぽどスッキリする。
それにしても、結婚というものは不思議なものなのでありますが、みゆきさんの月イチのリスナーの話から、随分と脱線してしまったので、結婚をする理由というものについては誰かエライ人に任せてましょうか。
ただこれだけは言えるのは、それはリスナーのハガキのように、お尻をすべって打ち付けた時に氷で相手に冷やしてもらえることである。
これだけは「便利」である。
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平 凡蔵。の本。


◆「アルカディアのレフュジー」

 中島みゆきさんの「一会」を見に行く前に
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