平 凡蔵。の 創作劇場

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散散歩歩。(339)父親を拘束した。

仕事をしていると、携帯が鳴った。
父親が入院している病院からだ。
5年ぐらい前の事だろうか。
病院から電話が掛かってくるなんてことは、いい話であるわけがない。
電話に出ると、看護婦さんからの電話で、父親が夜に治療のためのチューブや器具を抜いたりするので、困っているということだった。
なのだけれど、凡の父親はボケてはいなかった。
素人の凡の考えだけれど、父親と母親の経験から推測するに、どうも血液の中の成分に毒というか、不純物が多くなると、ボケに似た症状と言うか、幻覚を見たりするようだ。
ある時、凡が父親の様子を見に病院に行くと、ずっと天井を見ていた。
そして、凡に言った。
「あの書類取ってくれ。」
「え?書類って。」
「あの書類やがな。ほら天井にぶら下がっている。」
「これか。これは点滴やで。」
「ちゃうがな、書類やがな。」
「これやろ。これは点滴や。」
しばらくそんな問答が続いて、最後に父親が言った。
「そうか。それなら、もういい。」
自分の言う事が解ってもらえない憤りを噛みしめて、それでも怒ることもなく、自分の置かれた状況に従った。
父親は、自分に繋がれている点滴が書類に見えていたのだ。
でも、こんなことは仕方がない。
誰でもね、年を取って病気になって調子のが悪いときもあるさ。
そんでもって、ずっとベッドに寝かされていたら、訳の分からなくなることもあるさ。
病院の看護婦さんの電話の内容もね、たぶん父親は訳のわからないままやっていることなんだと思う。
そして、看護婦さんが話を続ける。
「なので、お父様の身体を、夜寝る時だけ拘束させてもらってもいいですか。」
凡は、息がつまった。
拘束ということは、手足を縛り付けるということだろう。
父親にしてみれば、苦痛この上ないに違いない。
一体、人間が人間の自由を、それも身体の自由を奪っていいものだろうか。
良いわけがない。
携帯を耳に付けたまま、立ち尽くしていた。
でも、その返事を出来るのは、凡しかいない。
その2年前には、母親も既に亡くなっていたし、凡は長男だ。
こんなことに決断をできるのは、凡だけだった。
仕方なく「お願いします。」と看護婦さんに告げた。
その時は、それしか考えられなかった。
凡は弱かったんだ。
ある期間治療すれば治るということもない長期の入院の場合、先生や看護婦さんに嫌われたらどうしようかという考えが凡の考えにあったのです。
もし、今の病院を追い出されたら、行くところが無い。
その時の凡には、父親を拘束するという決断しかなかった。
その日の帰路の京阪電車の中で、今頃父親は病院のベッドで拘束されているんだなと思うと、涙が流れた。
そして、これで良かったんだろうかと、自分自身に何度も問い続けた。
拘束といっても身体をひもで縛るというところまではいかない。
両手にミトンという指が自由に使えないようにする手袋のようなものを付けるのですが、それでも凡の頭の中では、父親がそのミトンを嫌がって一所懸命取ろうとしている映像が、くるくると回っていた。
「ごめん、お父さん。」
今思うと、そんなことをやらなければ良かったと思う。
父親が亡くなる4カ月前ぐらいから、誤嚥をするので食事は出来なかった。
ずっと点滴で栄養を取っていた。
そんなある日、凡が病院に行くと、父親が言った。
「冷たいビールが飲みたい。」
勿論、その時は先生に怒られるからアカンと言った。
でも、今はハッキリと断言できる。
もし、今あの時と同じ状況にあったなら、父親を無理にでも連れ出して、冷たいビールと美味しい料理を食べさせただろう。
誤嚥したって構わない。
それで、肺炎になって、万一死んでしまっても、今はその選択の方が正しいと思う。
だって、ビールを飲まさなくても、先生の言うとおりにしていも、やっぱり父親は死んでしまったんだもん。
それだったら、ひと時でも楽しい思いをさせて上げたかった。
実際に看護している病院の先生や看護婦さんにしてみれば、私たちの苦労をしらないで、よくそんな暴言をはけるものだと叱られるかもしれない。
それはそうだよね。
でも、やっぱり、そうしたかったな。
今でも、いろんな病院で、患者を拘束している状況がある。
何とかテクノロジーの発達で、拘束しなくてもいい薬や器具ができないものだろうかね。
冷たいビールを飲みながら、そんな未来を想像した。

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