平 凡蔵。の 創作劇場

恋愛ストーリーや、コメディタッチのストーリー、色んなストーリーがあります。
どれも、すぐに読めちゃう短編なので、読んで頂けたら、うれしいです。
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散散歩歩。(223)玉子焼き。(御馳走ノート)

四角いフライパンに、溶いた玉子を少し流し入れ、プクプクと泡のように膨れ上がった部分を菜箸の先でチョンチョンと潰しながら、四角いフライパンの向こう端に寄せる。
狭い台所で母親が玉子焼きを焼いてくれる工程を見るのが楽しかった。
母親の作る玉子焼きは、まず玉子のカラザを取る。
このカラザは、凡の家では「玉子のヘソ」と呼んでいて、必ず調理の前に取り除く。
どうみたって、気持ち悪いし、それが普通だと思っていたので、今でもレストランなどで、それも結構高級そうなお店でも、カラザを取らずに調理をしているのを見ると、抵抗がある。
なので、凡は結婚してから、ミニボンには、どうしてもカラザを取ってくれとお願いしている。
しかし、これが良い玉子の場合は、カラザもしっかりとして取り除きやすいのですが、たまに、これは安い玉子の時だと思うのですが、かなり頼りないカラザの場合があって、これが何とも、もどかしい。
まあ、カラザについては、ここでは関係ない。
さて、母親の玉子焼きであります。
作る時は、まず少量の水を加えて、砂糖をスプーンの端に引っ掛かるぐらいの量を、少し入れる。
なので、出来上がった玉子焼きは、ふんわりとしていて、やや甘い。
凡は子供のころから、このふんわりと甘い玉子焼きを、玉子焼きとして食べてきた。
遠足のお弁当に入った玉子焼きは、また特別に嬉しいものですよね。
なのですが、小学校に入ってからだろうか、遠足だとか、人の家に御呼ばれした時などに、他の人の作った玉子焼きを食べることが出てきて、他の家の玉子焼きは甘くないんだということを知った。
他の家で作られている玉子焼きが基本形で、凡の食べているのは、ちょっと変わった、他の人が作らない玉子焼きであることが、何か置いてけぼりを食らったようで、寂しかった。
そして、ある時に母親に言った。
「普通の人は、玉子焼きに砂糖いれへんねんで。」
そうるすと、母親は言った。
「砂糖を入れた方が美味しいやろ。」
どうも子供心に納得はいかなかったが、諦めなきゃいけなかった。
そうして、母親は甘い玉子焼きを作り続けた。
とはいうものの、高校生ぐらいになると、甘くない玉子焼きを食べたくなる。
ご飯やおにぎりには、甘くない玉子焼きに醤油を掛けたものの方が、その当時の凡には美味しいような気がした。
なのですが、凡の意見に耳を傾けることなく甘い玉子焼きを作り続けた。
そして、凡は結婚をしてからは、ミニボンは普通の玉子焼きを作ってくれる。
それは、ミニボンの家では、普通の玉子焼きを食べていたからです。
玉子に、ねぎを入れたり、紅ショウガを入れたり、もみのりを入れたりして、焼いても美味しいですよね。
そんな普通の玉子焼きを、結婚して以来、もう20年以上食べ続けてきたのですが、最近ふと思うことがある。
「あの、ふわりと甘い玉子焼きも、あれはあれで美味しかったな。」
何となく、あのふわりと甘い玉子焼きが食べたくなる瞬間があるのです。
口に入れると、甘い汁が広がって、こころまでも優しい気分になる。
柔らかい生地も、今ではおにぎりにも合うような気がする。
きつねうどんもそうだけど、砂糖の甘味と言うのは、大阪の人は基本的に好きなのかもしれない。
そして、白いご飯のよそわれたお茶碗を見ながら、もう甘い玉子焼きは、これからも食べることがないんだろうなと思う。
食べたい時には、もう母親はいないのです。
どうも、うまくいかないものであります。
お行儀が悪いけれど、お茶碗を箸でちょんと叩いてみた。
「チーン。」

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