平 凡蔵。の 創作劇場

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散散歩歩。(881)出来ることを探さなくてもいい。

これから凡には出来なことを書こうと思う。
出来ないのに書いて、それで良いのかと言われるかもしれないけれど、書いてみたいと思った。
だって、出来ることしか書けないというのじゃ、凡なんて、出来ることなんて何もないから黙ってるしかない。
唇が化石になってしまう。
それじゃ、困るから、出来ないけれども、少しだけ書いてみよう。
先日、ネットを見ていて、こんな文章があった。
どこかの坊さんが法話でしゃべったそうだ。
言葉の文字は違うかもしれないけれど、こんな感じ。
「あれも出来ない、これも出来ないと考えるのではなくて、これも出来るし、あれも出来ると、出来ることを考えた方が良い。」
ある人は、この話を聞いて、感心をしておられた。
素晴らしいと。
でも、凡は、気持ち悪いなと思ったのであります。
すごく違和感が沸き上がる。
この話の理屈は、果たして、良いことなのだろうか。
凡には、到底、良い話には思えないのであります。
ただ、これが小学生までぐらいの子供に対する話であれば、それはある意味良いことだとは思う。
子どもに限らず、人は、褒められると嬉しい。
嬉しいと、さらに褒められたいと思って、或いは、認められたいと思って、頑張るよね。
それって、本人にとっても楽しいし、客観的に見ても、出来ることが増えて有益だ。
楽しいこと、出来ることが増えたなら、これから先の将来に向けての希望や選択肢も、どんどん増えてくる。
そういう意味では、出来ることを教えてあげることは、子供には有益だ。
でも、中学生以上の人には、これは間違っていると思うのであります。
凡は、思うのであります。
出来るということが、そんなに重要なのかと。
人は、何かを出来なくちゃいけないのだろうか。
そうであるなら、凡なんて、出来ないことだらけで、生きていく価値がなくなってしまう。
でも、凡は生きているのでありまして、それは仕方がないからであります。
人が生きていくことに於いて、重要なのは、出来るとか出来ないとかではない。
自分が、何をしたいかだ。
そこには年齢もなにも関係ない。
昨年、亡くなられたエンケンさんの不滅の男の歌詞を借りれば、「俺が何を、欲しいか、それだけだ」ということだ。
そうじゃないだろうか。
たとえ、出来ることがあっても、それが自分のやりたいこと、ほしいものじゃなかったら、それは意味が無いことなんだ。
やりたいこと、ほしいものじゃないことを、あれも出来る、これも出来るなんて数えてみたところで、それがどうした。
ナンセンス極まりないじゃないか。
たとえばさ、凡が学生だとして、将来、数学の道へ進もうと思っているとする。
でも、その道は、出来ないことばかりだ。
出来ないことで、悩み、苦しみ、もだえる。
そんな時に、あなたは国語が出来るじゃない、なんて慰められても、そんなことで救われたりしない。
そしたら、先に上げた言葉の「出来ることを考えた方が良い」ということに対して、凡の答えをいうべきだろう。
自分にとって大切なのは、自分が何をやりたいか、或いは、欲しいかだ。
それで、それが出来なくても、それを得られなくても、それは仕方がないのである。
それを、あっさり認めるしかない。
出来ないことを認めるしかないのである。
それで、諦めるのも1つの方法。
でも、本当に、それを求める気持ちが大きかったら、誰に言われることもなく、というか、誰の批判にも屈せずに、先に進むだろう。
それは、苦しいだろう。
それは、困難だろう。
でも、それは間違いなく、自分のやりたいこと、ほしいものだ。
もしも出来なくても、出来ないことを認めよう。
そして、自分自身に開き直って、こう言おう。
「はい、出来ません。それがどうかしましたか。」と。
そして、それが本当に出来なくて、終わってしまったとする。
根気が続かなくて諦めることもあるだろう。
経済的に生活が出来なくて諦めることもあるだろう。
時間的に、残された時間が無くなって諦めることもあるだろう。
そして、能力的にダメだったということもあるだろう。
そんな時は、「ああ、やっぱり出来なかったね。」と思えばよい。
そして、それを終わらせるか、或いは、終わってしまうかでも、それはそれで、仕方がないのである。
そして、冒頭の言葉に戻るのであります。
みなさんは、出来ることに注目しますか、出来ないことを認めますかと。
こんなことを書いて見て、ため息が出た。
だって、凡なんて、出来ないことを認めることも、これまた出来ないぐらいの意気地なしだからであります。
凡なんて、何も出来ない。
出来ない。
出来ない。
出来ない。
出来ない、、、、。
ああ、誰か凡の事を褒めてくれないものだろうかね。
そして、凡が気が付いていない、凡の出来ることを教えて欲しい。
、、、、って、凡は、なんだかんだ言っても、褒められて育つ男の子なんだものね。

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