平 凡蔵。の 創作劇場

恋愛ストーリーや、コメディタッチのストーリー、色んなストーリーがあります。
どれも、すぐに読めちゃう短編なので、読んで頂けたら、うれしいです。

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散散歩歩。(719)キリストの墓、恐山の旅・意味不明なルートなのね。(6)

9月14日(水曜日)。
今日も、朝の6時50分の朝イチに食堂へ行った。
料理を見ると、おかずが昨日と違う。
なかなか、やりますね。
ビジネスで連泊している人もいるので、その辺りも気を遣っているのだろう。
それで、600円は、何度も言うけれど、安い。
それに、美味しい。

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(大満足の朝食)

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今日は、夕方には大阪へ帰る日である。
最後の青森を楽しもう。
荷物を青森駅に預けて、観光案内所に行く。
案内所がオープンしたら、すぐにカウンターで、「三内丸山遺跡」への行き方を聞く。
どうしても行きたいという訳でもなかったのだけれど、今年の春に八戸に行ったときに、是川の縄文時代の遺跡を見て、縄文時代や古代について、興味が出てきたのである。
相談を終えて、案内所のパンフレットなどを見ていると、目の見えない若い男性が、係りの人に手を取られて、カウンターまでやってきた。
何気なく聞いていると、青森の市内を走る「ねぶたん号」に乗りたいという。
素晴らしいな。
バスに乗りたいのでやってきたようだ。
とかくにハンデキャップがあると、外に出る気がなくなるのが普通じゃないだろうか。
でも、こうやって1人で旅に出る。
しかも、バスに乗るために。
凡だったら、出来るだろうかと思った。
バスのオタクのように見える。
そんな彼は、教えて貰ったバス停で、ずっと直立不動で、ねぶたん号を待っていた。
凡は、三内丸山遺跡行きのバスに乗り込む。
試しに、目をつぶって見たけれど、音も、揺れも、他のバスと区別がつかなかった。

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(バスの床は板張り。懐かしいなあ)
しばらく走って、目的地の三内丸山遺跡に到着。
この施設は、県がやっているもので、入場料は無料である。

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建物の中に入ると、あと10分ぐらいでボランティアのガイドが始まるという。
折角だから、お願いをした。
生徒は、凡と、年配の御夫婦と、どこかの大きな会社の上司と部下のような男性2人組。
先生は、素朴な感じの、やや滑舌の悪い50歳ぐらいの男性だった。
滑舌が悪いとはいうものの、凡よりましか。

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建物の外には、広い遺跡の公園というような感じの空間が広がっている。
遺跡のあった場所そのものなのだけれど、綺麗に整備されて見やすくなっている。
住居の跡は、同じ柱の配置で、当時の住まいを再現している。
ただ、柱の位置や大きさは、遺跡から正確に解るのだけれど、上の建物は、たぶんこういう家だったんじゃないかという想像で建てたものだ。
素晴らしいけれど、これだけ立派だと、縄文時代の家は、これが正解だと言う風な固定概念を子供に植え付けることにならないだろうかと、心配をする。
ちょうど小学校の課外授業で子供が見学に来ていた。
200人ぐらいいたんじゃないかな。

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(発掘中の遺跡)
その他にも、遺跡の発掘の途中を見せたり、実際に発掘している様子を見せる時間があったりと、いろいろ考えて作られている。
しかも、全体が芝生で覆われているので、ただ歩くだけでも気持ちが良い。

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(遺跡の横には、野の花が咲いていたりする。何かこんな風景が心地いい)
縄文時代というと広葉樹林の時代だ。
なので、この公園を作るときに、この場所にあった針葉樹林は、公園に似合わないということで伐採されたそうです。
そのチップが、道路に埋め込まれている。
なかなか、徹底している。

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(道には、針葉樹林のチップが練りこまれている)
この遺跡は、紀元前4000年から5000年の時代のものだそうだ。
さっきの縄文時代の家も、竪穴式もあり、それも茅葺、すすきで葺いたもの、土で固めたものなど、それに、高床式のもの、いろいろあったけれど、展示されているのが、高床式が多かったのは、時代的に凡のイメージとは違っていて、興味深いものがあった。
実際は、どうだったのかなという興味が湧いた。
そんな風に、約50分ぐらいだっただろうか、ガイドをしてもらいながら、遺跡内を歩いてまわった。
やっぱり、説明を聞きながら回って良かったと思う。

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(道の横の芝生には、黄色い名前の知らない花が沢山咲いていた。でも、雑草を刈る作業をしていたので、刈り取られてしまわないか心配だ。だった、可愛い花だもんね)

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(百合の花は、さすがに刈り取られなかったようで、1本残されていた)
館内には、ビデオの上演や、体験コーナーなどもある。
レストランがあったので、縄文美人蕎麦というのを頂いた。
山かけに玉子がトッピングされたような蕎麦だった。

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(館内の展示)

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(縄文美人蕎麦。名前だけで注文。どこが縄文で、どこが美人なのかなんて、聞くのは、これは野暮ではありますが、どうなの。)
さて、これから凡は棟方志功記念館へ行こうと思う。
いつだったか、ミニボンと青森に行ったときに見たのであるけれども、また見たいと思ったからだ。
ちょうど、遺跡のバス停から「ねぶたん号」が出る時間で、しかも棟方志功記念館へルートが繋がっている。

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棟方志功記念館は、「欧米の旅」というテーマで展示をされていた。
勿論、それらの展示は素晴らしいものだった。

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でも、凡が印象に残ったのは、展示じゃなかった。
チケットのカウンターの横にビデオを上演しているコーナーがある。
ちょうど、凡が行ったら、あと5分で、また始めからビデオを流すというので、中の展示を見る前に、そのビデオを見ることにした。
これは、以前にも見た同じ内容のビデオだ。
感動した。
このビデオに感動したのです。
前回に見た時は、棟方志功さんの筆や、彫刻刀の動きの速さの凄さに目がいった。
躊躇なく運ばれる筆や彫刻刀の動きは、素晴らしかった。
でも、今回、同じビデオを見て、なんであの時に、この言葉に気が付かなかったのだろうかと思った。
その言葉は、棟方志功さんが、何度も言っていた言葉だそうです。
「私は、自分の仕事に責任を持っていません。」
スゴイ言葉ですよね。
普通の人なら、正反対の事を言うだろうね。
自分の仕事に責任を持ちなさいと。
でも、棟方志功さんは、自分の仕事に責任を持たないと言う。
ここまでの境地になっておられたんだと驚いた。
この言葉について、柳宗悦さんは、自分で責任を持てる仕事なんて、たかが知れている。
最後には、神や仏に責任を取ってもらうような仕事でなきゃいけないというようなことを、おっしゃったそうだ。
ビデオの短いコメントを聞いただけなので、ちゃんと受け止められているかどうか不安だけれど、そんなことをおっしゃったと思う。
自分がやっているのだけれど、何か大きな力でもって、やっているという感覚。
自分の考えというより、内面から湧き出てくるものを素直に表現する。
詰まりは、これもビデオにあったと思うのだけれど、「他力の美しさを信じる」ということだと思う。
それに近いようなことを、棟方志功さんもビデオで言っている。
「板の方でからかってやれ、なんてことを言うからな。板画が、棟方をからかうこと、ハハ、ね、そういうのが案外ホントの仕事なんだ。からかわれてやるようになればいいけどなぁ。仕事に。ヘヘヘ、、、。真面目くさってるから、仕事にならんのだよねぇ。からかわれているといいんだけれど。なかなかからかわねぇんだぁ。ハハ、仕事はね。からかわれるようになれば友達なんだけれどね。仕事はなかなか友達になりきれないから、それで困るんだ。」(ビデオの中の棟方志功さんの言葉を拾い上げたものをコピーにして置いてあった)
板にからかわれるっていう感覚って、スゴイな。
これって、凡が思うに、同じようなことじゃないかな。
それから、ビデオを見て、感じたのは、素直な人だなあと言うこと。
良いと思えば、素直に尊敬する。
ビデオでも、彫刻をじっと見つめて、最後に立ち去る時に、ちょこっと敬礼をするんだよね。
あれ、なかなか素敵だったんだな。
そんでもって、やっぱりビデオなので、実際の筆の運びのスピードとか、そのまま伝わってきて、スゴク感動をした。
そうだ、あの筆の動きのスピードの速さは、自分の力でやろうと思っても、出来ない速さだと思う。
やっぱり、他力のスピード。
ビデオを見てから、中の展示を見て、記念館を出た。
さて、もうそろそろ帰ることを考えよう。
でも、最後に青森で何か食べて帰りたい。
心残りは、昨夜からの肉である。
とはいうものの、肉の店を見つけられずにいたら、時間もそれほど残っていない。
なので、近くにあったチェーン店の大戸屋さんで、定食を食べた。

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(この定食好きなんですよね。トリのフライに大根おろしの出汁を掛けてあるやつ。)
さて、青森駅15時50分発の空港行きバスに乗る。
16時25分に、空港着。
帰路は、ANAのマイレージを使った特典旅行で、タダで飛行機に乗って帰ろうという予定である。
飛行機に乗り込む時に、連絡通路を歩いていると、窓の外にANAの空港職員の方が、「青森さ、まだ来いへ!」という旗を持って挨拶をされていた。
素敵だ。
凡の周りの人も、その旗を見て、喜んでいた。

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(これ良いですよね。これだけで、嬉しくなっちゃうもん。また、来たくなるよ。)
青森空港、17時05分発。ANA1856便。
伊丹空港、18時55分着。
今回の旅は、春に行けなかったキリストの墓と恐山の両方のリベンジも果たした。
それに、札幌経由にしたことで、結果的にみゆきさんの小学生時代を過ごした岩内に行くことが出来たことが、どうにも嬉しかった。
帰ってきて、もう少し帰ってくるのを遅らせたかったと思うぐらいだから、本当に良かったのだと思うのであります。
岩内、よかったなあ。
今回の旅行で、出会った人と、出会った言葉と、出会った美味しい料理に、ちょこっと敬礼!

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平 凡蔵。へのファンレターや
       お褒めの言葉は
sansanpopo@tairabonzou.jp
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コメント

  1. ゆけむり より:

    600円と言う安さなのに、前日のおかず内容が違うと言うのは素晴らしいですね!
    普通は毎日決まりきったメニューなのに、凄い努力をしていますよね
    こんな宿はまた泊まりたくなりますね
    目の見えない方が案内所にやってきて、ねぶたん号に乗りたいとありますが、積極性の素晴らしさと共になにか切なさを感じますね
    もっともっと医学が発達していたら
    もっともっと再生医療が発達し、この方に色々な景色を見せる事ができたらと・・・
    上から目線みたいになっちゃいますが、目が不自由でも旅をしたいだなんて
    もし目が見えたいたらこの方はどんな旅をするんだろう
    どんな素晴らしい旅をされるんだろうと思うと、何か悲しくなります
    更に上段からの物言いになってしまう感がありますが、自分は臓器提供の意思カードが出た時からそれを同意署名し、常に所持しています
    自分自身たいして世の中の役には立っていないので、せめて自分に万が一のことがあったら使える部分は全て使って、多少でもどなたかの役に立てればと思っているんです(もちろん角膜もです)
    臓器提供に躊躇している人に強制はできませんが、脳死と判定された場合に1人でも多くの人が臓器提供し、1人でも多くの人が健康を取り戻せるようになればと願っています(変な所に熱く語ってしまってスイマセン)
    紀元前4000年頃の暮らしが分かるのは興味深いですよね
    なんとなく穴掘って暮らすってのはイメージが付くけど、高床式ってのは当時としては画期的だったんでしょうね
    縄文人の暮らしは一体どうだったのか?
    タイムマシンがあればちょっと覗いて見てみたくなりますよね(笑)
    縄文美人蕎麦
    これは微妙ですね
    もうちょっと縄文っぽさが欲しいですね
    うん?縄文っぽさって???

  2. ゆけむり より:

    字数オーバーの為、続きです
    私は、自分の仕事に責任を持っていませんと言う言葉も凄いけど、自分で責任を持てる仕事なんて、たかが知れていると言う言葉ももっと凄いような気がしますし、まさに目から鱗って感じですね!
    最後にANAのお見送り、これは嬉しいですね
    また来たいって気持ちになりますもんね!
    自分の時は無かったなぁと思ったら、あの時はJALで行ったんでした(^_^;)
    やっぱりANAですね
    最近のJALも頑張っているとは思いますが、税金で助けられた会社と、全て自力で頑張っている会社とどっちを応援するかと言ったら、自分はやっぱり全て自力で頑張っているANAを応援したくなっちゃうんですよね
    でも、お値段の安さでパックツアーを選んだりするので、時々JALも乗っちゃうんですよね・・・

  3. 凡蔵。 より:

    ありがとう、ゆけむりさん。
    ホテルの朝食は、規模は小さいのですが、なかなか工夫もされてるし、毎日おかずを変えるとか、連泊している人のことも考えている。600円なら、かなり値打ちだと、思うんですね。
    夜の晩酌セットも、これも、ファンが出来るのはうなずけます。
    ねぶたん号に乗りたいという目の見えない若い男性は、なかなかの積極性ですよね。
    乗りたいと思ったら、乗る。
    その気持ちというか、行動を見ていると、私なんかも、まだまだ、全然、そんな行動が出来ていないことに気が付かされます。
    色んな理由をつけては、自分のやりたいことを、自分自身で制限してしまう。
    ついつい、そうしちゃうのですが、やりたいと思ったら、そんな理由なんて、あっさりと捨ててしまって、今、この観光案内所までやってきている。
    スゴイなと思いますね。
    でも、そんなことを、若者を見ていると思うのですが、本人は、どんな気持ちで、行動しているのかは、解りません。
    それと、こんな光景を見るたびに、いつも書くのですが、偉そうに鎮座している仏像の首をへし折りたくなるんですよね。
    IPS細胞などの技術が、早く実用化されると良いですよね。
    それから、臓器提供の話。
    流石ですね、ゆけむりさんは。
    思いっきりが良いです。
    私も、もし自分が死んだら、後は残った人が勝手に好きなようにやってくれというのが基本の考え方なんですが、臓器提供については、そこまで思い切れていません。
    というのは、脳死が本当に人間の死なのかということについて、まだよく考えていないので。
    考えて、すぐに答えが出るというほど簡単ではないですが、もう少し考えてみたいなと思うんですよね。
    なので、臓器提供については、保留中。
    とはいうものの、そんな状況になったら、もう、肉体なんてものに拘る理由もなくなるとは思うのですけれど。

  4. 凡蔵。 より:

    (続きです)
    縄文時代は、竪穴式住居というイメージだったのですが、高床式の住居を見せているのは、ちょっと意外と言うか、ビックリしました。
    とはいうものの、縄文時代だけでも1万年以上の時代的幅がありますからね。
    竪穴式も高床式も、両方あっても不思議じゃないですけれど。
    私も、タイムマシンがあったら、縄文時代に行って、縄文時代の美人は、どんな顔なのか見てみたいです。
    まあ、そんなアホな理由は、置いておいて、当時は、今思うよりも、お互いを思いやる生活だったのかもしれません。
    それと、縄文美人蕎麦。
    これは、まあご愛敬でしょうか。
    でも、もうひとひねりと言うか、ダジャレでも良いので、何か笑える部分が欲しいなあ。
    それと、棟方志功さんの言葉は、前回に行ったときに聞き漏らしていました。
    でも、今回改めて、ビデオを見たら、言ってたんです。
    こんな考えは、よっぽど仕事に向き合わないと、出てこないですよね。
    自分の考えなんて、捨ててしまって、版画の板に向き合う。
    そんな姿勢が見えてきます。
    ビデオを見ると、そんな感じが、伝わってきました。

  5. 凡蔵。 より:

    (更に、続きです)
    それと、最後の見送りは、なかなか嬉しいですよね。
    私の周りにいた人も、「わー。」と声が出て、笑顔になっていましたよ。
    JALについては、何か、国の税金で、今までの事がチャラになってしまって、そんなので良いのかなと思ってしまいます。
    勿論、JALを潰すわけにはいかないでしょうけれど、それでも、何かスッキリとしないですよね。
    とはいうものの、ゆけむりさんのように、安いと、それは乗ると思います。
    というか、もうJALも国有化したら良いというのが、私の考えなんです。
    そして、JRも、もう1度、国有化。
    そんでもって、採算なんて無視して、全国の北の端っこから、南の端っこまで、岬の端っこから、山の頂上まで、レールを引けば良いと思うんです。
    そんでもって、韓国や、台湾まで、弾丸鉄道を引っ張る。
    そうしないと、50年後は、日本は東京だけになっちゃうと思う。
    地方はガラガラ、北風ぴゅーぴゅー。
    東京だけに人が集まって、ギュウギュ詰め。
    そんでもって、JALも、採算無視で、すべての国に飛行機を飛ばす。
    面白い世界になると思うんだけれどなあ。
    と、またもや、コメントの内容が、迷走してしまいました。

  6. ゆけむり より:

    凡蔵さん、自分は若い頃世間に迷惑を掛けていた時期もありました
    だからと言う訳ではありませんが、自分にできる協力はしたいと思っています
    でも、生きているうちにと言うのは勇気がありません
    例えば骨髄移植は、背中をエビのように曲げて脊髄から注射針で骨髄液を採取するとの事ですが、若干リスクを伴うようです
    針の刺しどころがちょっと狂うと、その後酷い腰痛に苦しむ事になるそうです
    正直言って自分が可愛いので、リスクが伴う協力は二の足を踏んでしまいます
    脳死後の提供ならほぼ分からないと思うので、だったら良いかなと思っています
    でも、もしかしたら医学が進んで、脳死と判定されても復活する時代が来るかもとか思う事もしばしばあります
    人には色々な考えがあるから臓器提供と言うような大きな判断を強制する事はできないし、するつもりもありません
    ただ、自分が死んで灰になるだけでなく、何か生きた証と言うか、存在していた事に意義があると言うか、上手く言えませんがせめて死後は少しでも貢献できたらと思うんです
    もちろん死んだ後の事だから、生きているうちの自己満足に過ぎませんけどね・・・
    でもこんな偉そうな事を言っていても、24時間テレビには絶対協力したくないと思っている天邪鬼なんですよ(笑)

  7. ゆけむり より:

    先ほどのヤフーニュースで、北海道の駅が50駅近く廃止になるとありました
    1日あたり利用者が1人以下の駅が対象とありました
    1人以下でも使う人が居る
    採算は厳しいが必要としている人が確かにいる
    継続か廃止か難しい選択ですね
    自分には答えは出せません
    JRの国有化とJALの国有化、これもなんだか逆転の発想で面白いですね
    世界の色々な国へ行かれるのも嬉しいし、日本の隅々まで列車の旅を楽しめるってのもなんだかワクワクしますよね
    ブログで色々な人の旅を身近に感じる事が出来るようになり、それによって興味を抱き行ってみたくなる
    交通手段があれば、地方への需要が今後増えるのではと思いますよね
    自分が行った青森の旅と凡蔵さんの青森はまるで違う
    たぶん青森にはもう行く事が無いだろうと思っていましたが、凡蔵さんのブログでなんだか行ってみたくなる
    恐山も行ってみたいし、八戸や青森の居酒屋にもふらっと行ってみたくなる
    ブログにはそんな魅力がありますよね
    なんだかこちらこそ変なコメントになってきちゃったので、この辺で失礼しますm(__)m

  8. 凡蔵。 より:

    ありがとう、ゆけむりさん。
    いや、いつもながら、ゆけむりさんの決断というか、思い切りのよさについては、
    臓器提供も、またその他の考え方についても、スゴイなと思っています。
    そんでもって、臓器提供することで、沢山の人が助かるという事実は、すごく重要なことだし、
    必要なことだと思います。
    それは、間違いがないです。
    私も、人間は、死んだら、肉体なんて、いずれは腐ってしまうか、焼いて灰になるだけなので、死んだら、煮るなり、焼くなり、好きにしてくださいと思っていました。
    まあ、それも面倒なので、以前のブログには、ビニール袋に入れて、ゴミの日にでも出してくださいと書いたことがあります。
    でも、残された人にとっては、そう簡単に捨ててしまう訳にもいかない訳で。
    私も、マザコン、ファザコンというか、甘えただったので、親が無くなったときは、その体を切り刻むなんてことは、絶対にイヤだと思いました。
    でも、それは私の想像力の不足です。
    そこに、今にも死にそうで、私の親の臓器を移植したら、生き延びれるかもしれない人が、見えるところにいたら、たぶん、臓器移植に賛成していたでしょう。
    問題は、その臓器で助かる人のことを想像できていない。
    なので、死んだ後の人のことも考えて、ゆけむりさんのように、自分の意思表示を今のうちにしておくというのは、自分にも、残された人にも、意味があると思います。
    その点、すっきりとしていて、気持ちが良いですよ。
    ほんと。

  9. 凡蔵。 より:

    (続きです。)
    そんでもって、私も、基本的には臓器提供については、賛成なんです。
    以前は、そうしようと思っていた。
    でも、最近になって、人間の死というのは、どういうことかと考えだしてから、もう少し考えてみようと思うようになったんです。
    何をもって死とするのか。
    とはいうものの、心臓も何もかも、止まって、細胞も死んでしまったら、臓器移植は出来なくなってしまいますけれどね。
    それと、これはすごく腰抜けな考えなんですが、私は、怖がりなんで、死んでしまっても、身体を切り刻むのが怖いという感覚が、こころの底のどこかにあるのかもしれません。
    それと、長生きしたいので、まだ、生き返る奇蹟があるのかもしれないと、死んだ自分が思うかもしれない。
    と、まあ、そんな、ありえない、意味のない、怖さに足が止まっている幼稚なところがあるんですよね。
    臓器移植について、倫理的な批判をする人もいますが、私は、臓器移植が倫理的に外れているという考えはありません。
    ただ、1つは全体、全体は1つという考え方が、最近、気になっていまして、細胞1つのなかにも、身体全体と同じ、生命が宿っているということもあるのではと、最近になって、そんなことを考えます。
    実際は、どうなのか知りませんが。

  10. 凡蔵。 より:

    (さらに、続きです。)
    なんてことを、ゆけむりさんのコメントを拝見して書いているのですが、まとまった考えもなく、とりとめもなく書いているので、自分でも支離滅裂だなあと、今も思っています。
    とはいうものの、この話は、私も興味があって、これからも考えていきたいので、また考え直してから、時間をおいて、コメントしたいと思います。
    とはいうものの、私も考え方が、コロコロ変わるので、また、書いても、その後で、真逆のことを書いたりするかもしれませんが。
    と、こんなことを書いてますが、これだけは書いておきたいのですが、もし、自分が臓器移植して助かるのであれが、それはすると思います。
    だいぶん、卑怯ではあるかもしれませんが。
    自分は、出来るだけ生き延びたいですもんね。
    そんでもって、ヤフーの北海道の駅の50が廃止になるニュース。
    私も、ネットで見て、びっくりしました。
    またかと。
    何か寂しいですよね。
    きっと、廃止になる駅の若者は、札幌に出ちゃうでしょうね。
    そんでもって、その駅は、年寄りだらけになって、いずれ無人になちゃう。
    そんな地方が、50か所も出来るんですから、これって、住めない場所を作るのを加速していることですよね。
    折角、開拓して住めるようにしたのに、今また、住めないようにしようとしている。
    勿体ない気がするんですよね。
    それに、感情的にも、寂しい。

  11. 凡蔵。 より:

    それと、JALの国営化。
    これ面白いでしょ。
    きっと楽しいとおもうんだけれどなあ。
    今は、まったく注目されていない国も、これから資源や、労働力の問題っで、付き合っていかなきゃいけない国も沢山あると思うんですよね。
    いつまでも、ベトナムで製造するのがコストが安いという状況ではなくなる。
    レアメタルだって、知らない国が保有しているかもしれないし。
    それに、そんなの乗る人いないのに無意味だと思っている人もいるかもしれないけれど、そういう空路が確保されたら、
    その国でも観光に力が入って、行く人が増えると思うんだけれどなあ。
    それに、便が少なくても、確実に直行で飛ぶとなったら、お客は、日本だけじゃなく、韓国や、中国、台湾などの人が、日本経由で行くようになって、日本も潤おうはずだと
    こんなことを妄想するのであります。
    というか、本当のところは、私が、いろんな国に行くのに、便利だろうなという話なんですけれどね。

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