平 凡蔵。の 創作劇場

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散散歩歩。(681)人は何故、手で食べることを続けるのか。

27日から、懲りもせず、青春18きっぷで、旅行に出かけています。
今は、博多にいるのですが、これからビートルで、釜山に行ってきます。
そんな、博多のホテルで、アップなのであります。

インドの右手左手について書いたので、その流れで、手で食べるということについて、書きたい。
インドの食事と言うと、カレーを手で、というか指で食べている光景を思い浮かべる人が多いだろう。
凡も、インドへ行ったなら、カレーを掛けたご飯粒を、手で食べることになるのだろうかと思っていたのですが、ついに手でご飯粒を食べることはなかった。
というのは、ニューデリーのようにインドの北の方は、ご飯ではなく、チャパティやナンなどが主食らしいのです。
なので、これは手で食べたけれども、ナンが出たら、日本にいる時だって、これは手でちぎって食べるだろう。
カレーをご飯粒に掛けて、手で食べるのは、どちらかというと、南インドの方での特徴らしいのですが、これは食べなかったんです。
そういえば、今思い出したのですが、ご飯粒が、お皿に乗った料理を食べました。
でも、手でなくて、スプーンかフォークを使った。
周りのインド人も、スプーンやフォークを使っている人が多かったように思う。
最近は、増えているようである。
ただ、インドに関しては、手で食べるということも、前に書いたヒンズー教の浄不浄にかかわってくるようで、手で食べるのが浄で、ナイフやフォークを使うのが不浄ということだという説もある。
日本人からしたら、逆だ。
インドもそうだけれど、一般的に、世界の国々では、
食事の食べ方については、手で食べるというやり方と、日本人のように箸を使う方法と、ナイフとフォークを使う方法がある。
ヨーロッパの人たちも、ナイフとフォークを使うようになったのは、18世になってからだそうです。
それまでは、フォークは肉を切るのに必要だったけれども、切り分けた後は、手で食べていいた。
そんな手で食べるということが、今も常態な人や地域は、日本人が思うよりもはるかに多くて、世界中の40パーセントの人が、今も、手で食べているそうです。
不思議である。
インドのように、宗教的な意味があるのであれば、それは手で食べる文化が続いていく理屈が解る。
でも、そういう理由がなければ、ナイフやフォークを使った方が、衛生的でもあるし、それよりも食べやすいだろう。
そんな風には、考えないのだろうか。
何故、彼らは今もなを、料理を手で食べているのだろう。
理解が出来ない。
世界中の、今もなを、手で食べている40パーセントの人の、理由を知りたいものである。
特に、宗教的な理由以外の理由があるのか。
人によっては、ナイフやフォークの金っ気がダメな人もいるかもしれない。
凡も、その気持ちは少しだけ解る。
料理を突き差していないフォークを、そのまま口に入れてしばらくしたら、何か鉄のような、金属の味がしてくる。
あれは、凡も、どうも苦手ではある。
とはいうものの、食事をしている時は、それは気にならない。
でも、金属がダメだから、手で食べるという理屈は、少しは弱すぎる。
金属がダメだという理由なら、木製のスプーンや、プラスチックのフォークを使えばいい。
機能的だとまでは言わないけれど、飛行機の安い機内食には、プラスチックのナイフとフォークがセットになっていて、それでも料理を間違いなく食べることが可能だ。
或いは、手で食べたほうが美味しいという人がいる。
これに関しては、個人的な嗜好もあるだろうから、凡が否定しても、美味しいものは、美味しいと言われてしまえば、それまでだ。
ただ、その説明に、食事は、ただ舌で味わうのじゃないという人がいる。
詰まり、舌に加えて、鼻で香りを嗅ぎ、目で色合いを楽しみ、耳で旬の食感を感じて食べるものだというのだ。
そして、更に、手の触感も使って食べた方が美味しいから、手で食べるのだと。
この説明は、日本では、寿司を食べるときに言う人が多い。
凡は、寿司は決して手で食べない。
箸を使う。
でも、これは東京の人に多いと思うのだけれど、手で摘まんで食べることを粋だと思い込んでいる人がいる。
浅はかな考えの人である。
五感を使って、そして手で食べることで、触感をも楽しむなんて言うなら、それじゃ、もっと大いに触感を楽しんだらどうですかと言いたい。
そんな、指だけじゃ勿体ないでしょうと。
触感が美味しいんですよね。
なら、指だけじゃなくて、手首にも乗せたらどうですか、或いは、顔の上とか、そうだ、首筋なんか、手よりも敏感だ。
きっと指で摘まんで食べるより10倍は触感を楽しめる。
だから、寿司を指で摘まんでさ、まずすぐには口に放り込まないよ。
おもむろに瞼の上なんかに乗せちゃうんだ。
まず、瞼で寿司を味わう。
そんでもって、寿司を手首に乗せてさ、その手首の方の手のひらに醤油を垂らすね。
そして、その手のひらの醤油に寿司を、ちょんちょんなんてさ、そんでもって、口に入れる。
どうですか、これなら、もっともっと触感も楽しめて美味しいよ。
でも、そんなことをする人は、いない。
詰まりは、触感を楽しむという理由が、正解でないということだ。
寿司について、もう少しいうと。
手で食べたら、手が米粒の粘りと、酢と塩と、そんなべたべたしたものが手に付いちゃって、気持ち悪くないですか。
あのべとべとは、間違っても触感が美味しいにつながらない。
それに、手で摘まんで食べている人を見ていると、本人も粋なふりをして手で食べてても、その手のべとべとが気になるのか、しきりにお手拭きで手のべとべとを、こそぎ落とすように、何度も何度も拭いているのである。
あれは、見ていて、みっともないというか、それこそ無粋だとは思わないのだろうか。
ある渋い演技で有名な俳優さんが、テレビで、手で作ったものは(握ったものは)、手で食べるのが正しいというようなことを言ってたけれど、随分と乱暴な理屈である。
それだったら、巻きずしは、どうするの。巻きずしは、手で食べちゃいけないのかな。
おはぎだって、手で食べるのかな。結構、水気があって柔らかいし、きな粉がまぶしてあるのもあるよ。でも、これは手で食べる場合もあるか。
讃岐うどんなんて、これは厄介だ。
だって、作るときは足で踏んでコシをだすんだよね。
それでもって、包丁で切って、最後は手でザルに盛る。
これは、どうするのよ。
まさか足では食べないよね。
包丁では無理だ。
理屈で言うなら、最後に手で盛り付けるから、手で作ったということになるのだけれど、それなら、手で食べなきゃいけない。
うどんを手で食べるのは、凡は嫌だ。
少し、話が脱線したけれども、凡には手で食べることのメリットが思いつかないのである。
もし、手食文化について、詳しい人がいるなら、教えてほしい。
宗教的な理由でも良いし、それ以外の理由でも良いので。
何故、手で食べるのかと。
でも、こんなことを書いてきて、これを言うのは見当違いかもしれないけれど。
食事を、手で食べるとか、箸で食べるとか、フォークやナイフを使うとか、そんなことは、どうでもいいのかもしれない。
だって、インドの路上で、暑さにヘトヘトになりながら、寝ている人の「食べられるんだから、いいじゃないか。」という声が聞こえてきそうだからであります。
いつも、食べすぎて、胃腸薬を携帯している凡の、なんと幸せなることかな。

コメント

  1. ゆけむり より:

    たとえ現地に行ったとしても、カレーを手で食べる気はしません
    でも、寿司はお店によって手で食べます
    と言っても、最近は手で食べるようなお店は全くのご無沙汰なんですけどね(笑)
    通ぶる訳でもないし、カッコ付ける訳でもありません
    橋でにぎりを掴むとシャリが崩れちゃったりするのと、ネタとシャリの両方、分かりやすく言うとにぎりの側面のネタとシャリの両方に適宜に醤油を付けたかったりするんです
    その時は手でつかんだ方がネタだけ醤油の小皿に落っこちる心配も少ないしシャリが崩れるのも防げたりするんですが、これもダメですか?
    そう言えば、おはぎも大福も手で食べます
    話はちょっと変わりますが、焼き鳥は串のまま食べます
    わざわざ串から肉は外しません(関係無いかな?)
    更に話は変わりますが、宴会などで橋を逆さにして取り分けるのはどうも違和感があります
    橋の持つ方で料理を取って、ベトベトになったその部分を今度は自分の口でべろべろ舐めてキレイにするのだろうか?
    あるいはベトベトのまま我慢するのだろうか?
    だったら普通に直箸で取った方がスマートではないでしょうか?
    あっ、と言うよりも、直箸と言う言葉もイマイチ好きになれないんですけどね・・・
    気の合う仲間だったら、そんなこと気にしないで料理を楽しむべきだと思っています
    そうでないかしこまった人との会食なら、取り箸を用意すれば済む事な~んて思っています
    凡蔵さん、博多からビートルで釜山ですか?
    良いですね~
    美味しいケジャンでも食べに行ったのでしょうか?
    良いなぁ~
    羨ましいですよ~~~

  2. 凡蔵。 より:

    ありがとう、ゆけむりさん。
    いやいや、ゆけむりさんの食べ方は、それでいいんです。
    基本は、本人が食べたいように、食べればいいんですもんね。
    ゆけむりさんは、そのままで、いいんじゃないですか。
    文面から察するに、ゆけむりさんは、シャリをふんわりと握った寿司が好きなんでしょうか。
    最近は、ふんわり握るお店が多いですよね。
    といっても、気が付いたら、ここ10年以上、回転すししか行ってなかったかもしれないと、今気が付きました。
    友人とかとお寿司屋に行って、頼む寿司ネタを、お互いにけん制しながら、注文したのを思い出して、楽しかったなと思います。
    回転すしじゃ、そんなに値段が、違わないですからね。
    そんでもって、話は、シャリの握り方に戻りますが、わたしは、どちらかというと、固めに握った寿司が好きです。
    それと、酢の効いている寿司が好きです。
    でも、最近は、たぶん、ゆるく握るのが高級というイメージがあるのか、寿司が柔らかいように感じます。
    なので、ゆけむりさんの、「シャリが崩れちゃったりする」ということに成るほどと思いました。
    寿司の話になると、持論を持っている人が沢山いて、難しいですよね。
    まあ、それが寿司を食べるときは、いい話のネタになるんですけれどね。
    醤油を寿司のどこに付けるとかね。

  3. 凡蔵。 より:

    それから、宴会で、箸を逆さにして取り分けるのは、昔は皆、よくやってましたよね。
    あれは、べとべとになった反対側の部分は、我慢しながら、放っておくしかないですよね。
    ベロベロしちゃったら、次に料理を取り分けるときに、意味なくなりますもんね。
    やっぱり、取り箸を用意してもらわなきゃね。
    ただ、普段は、そのまま、みんな普通に箸で取って食べますけれどね。
    特に、グループに、若い女の子がいたなら、それは絶対に直箸でなきゃいけません。
    それは絶対にそうですよね。
    そんなことを期待していると、グループの中のおっさんが、ぺろぺろした箸で取ったりするんですよね。
    ただ、酔っぱらってくると、それもどうでもよくなるんですけれども。
    釜山は、今回は3泊しました。
    ビートルが、往復で安く行くことができたので。
    日にちが決まっていたので、それまでは国内を3日間、青春18きっぷでブラブラしました。
    行った感想は、ビートルは楽だったということです。
    ただ、博多までの移動が、時間的にも、金額的にも、大変ですけれど。
    昨日帰って来たので、今は、整理中です。

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