平 凡蔵。の 創作劇場

恋愛ストーリーや、コメディタッチのストーリー、色んなストーリーがあります。
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散散歩歩。」(347)アイラブユー・みゆきさーん。(95)そして、日光と東京ツアー(5)

あなたは、脚のきれいな女性は誰かと訊かれたら、何と答えますか。
凡の場合、そうだなあ。
昔むかしに訊かれていたら、「朱里エイコ?」
あのダイナミックな歌い方は、迫力があって好きだった。
と書いたけれども、これが解るのは年寄りだけだよね。
それで、彼女は綺麗な脚線美の持ち主で、脚に1億円の保険を掛けたということが当時話題になってました。
1億円の保険を掛けるぐらいだからね、それは綺麗な脚に決まっている。
もし、学生時代に訊かれたなら、「エレノア・パウエル」と答えただろう。
当時は、ミュージカル映画が大好きだったので、よく見に行きました。
名画座などで、ミュージカルを上演する映画館が結構あったんですよね。
エレノア・パウエルとフレッド・アステアのダンスのデュエットは、本当にカッコイイです。
ビギン・ザ・ビギンのリズムにのせて踊っているのを見ていると、凡もタップダンスを習おうかななんて、何度思ったことか。
練習に練習を重ねたステップなんだけれど、映画の中では、いまちょっとやってみたら、ステップ踏めちゃったなんて感じで、すごく軽いんですよね。
日本人のタップのように、一所懸命ステップ踏んでますなんて重さがない。
そんなエレノア・パウエルさんの脚は、本当に綺麗だと思う。
でも、今、脚の綺麗な女性を訊かれたら。
それは、もちろん「中島みゆきさん。」と答えるに決まっている。
みゆきさんの脚そのものも無条件で美しいのだけれど、その脚の見せ方も憎いほど心得ているのであります。
凡がみゆきさんに惹かれた場面、「シャングリラ」の「怜子」のシーン。

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黒いミニスカートで椅子に座り怜子を歌うんだけれど、その組んだ脚が、脚が、脚が、美しいんです。
「セクシー。」叫びそうになる。
こんな脚は今までに見たことが無い。
神様だって、人間の女性を創る時に、最高の美というものを作ることに挑戦したくなったんだろうね。
でなきゃ、こんな美しい脚が偶然にこの世界に現れる理屈が見当たらない。
いつまでも見ていたい脚。
それにね、この怜子のときの黒のワンピースも美しいよね。
白い肌と黒の衣装のコントラストが目に焼き付いて忘れられない。
そして、「金環蝕」の「泣かないでアマテラス」。
これはもう、美しい以外の言葉が見つからない。
それに、歌う時のポーズが、セクシーでかつ独創的だ。
低く構えた姿勢から右脚だけが見えている。

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その足首には鈴が付けられていて、曲に合わせてその鈴を鳴らすんだけれど、美しい脚と鈴の音が催眠術のように凡の意識の底深く刻み込まれていく。
「みゆきさま。凡はみゆきさまの恋の奴隷です。」
なんて、どうしてそうなるの。
悲しい自己催眠。
それから、「24着00時発」の「サーモン・ダンス」は、ブルーのワンピース姿が何と言っても素敵だ。

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それでもって、ステップを踏みながら踊るんだけれど、もう夢の世界のようだね。
美し過ぎる。
過ぎたるは及ばざるが如し。
とはいうものの、みゆきさんのサーモン・ダンスは、過ぎてはいるけれど、まだまだ先に進む美しさをもっている。
完璧だ。
みゆきさんの、どのシーンを見ても、すべてが完璧だ。
でも、今日、日光の陽明門を見て、みゆきさんの脚が100%完璧でないことに気が付いた。
みゆきさんの脚は、99.9%美しく完成されていたんだ。
まだ、0.1%の不完全さを持っているのだ。
つまりは、脚線美だけを見たならば、首里エイコさんに0.05%負けている。
だって、首里エイコさんは、脚に1億円の保険を掛けているほどですからね。
これは文句なく綺麗な脚だ。
そして、脚の動き、ステップを見たならば、エレノア・パウエルさんに0.05%負けている。
だって、あのステップは、世界中の人が認めたステップだ。
それだから、フレッド・アステアさんと踊ったって、なお彼女のステップが引き立つのである。
ということで、首里エイコさんとエレノア・パウエルさんにそれぞれ0.05%負けているから、みゆきさんは99.9%の完成度ということになる。
そうなんです。
これが陽明門の逆さ柱と同じ理屈になるわけなのであります。

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東照宮の陽明門の柱の内の1本だけが、模様が上下逆になっている。
それは、「建物は完成と同時に崩壊が始まる」という理屈で、わざと柱の1本のデザインを上下逆にして、未完成にしてあるのです。
だから、いつまでも美しくそこに存在していることが出来る。
みゆきさんの脚もそうだ。
完成までに0.1%足りないから、まだ未完成なのだ。
なので、みゆきさんの脚は、いつまでも美しく、そこに存在している。
うつくしさの原理の一致を発見した凡は、小学生に急かされるように陽明門の階段を下りて行った。
それにしても、どうしてこんなに小学生が多いんだ。

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