平 凡蔵。の 創作劇場

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散散歩歩。(258)小沢昭一さんのハーモニカを、もう一度聴きたい。

「小沢昭一さん、亡くなったよ。」
仕事をしているとミニボンから、メールが入った。
昨日の昼間に、旦那にこんなメールを送ったのは、日本中でミニボンぐらいじゃないだろうか。
凡は学生時代から、小沢昭一さんが好きだった。
学校から早く帰った時や、夏休みには、「小沢昭一の小沢昭一的こころ」を聴くのが楽しみだった。
凡のブログの左端のリンクの題「平凡蔵。の平凡蔵的こころ」は、ここから拝借しています。
今まで書いたブログにも、ちょこっと触れたことがあります。
一心寺の話と、みゆきさんの話で、ほんのちょっとね。)
中年の悲哀を軽妙な語り口で喋るのだけれど、そして、俗で、俗で、俗の極まりない話をしているのに、どこか洒脱な雰囲気があった。
イヤホンでラジオを聴きながら、凡もいずれこうなるのだろうかと、将来を想像して笑っていた。
昼間に友人が、オールナイトニッポンの話をして盛り上がっているのに、凡は小沢昭一さんである。
誰も聴いていないので、つまんない。
変な学生だったのだろうか。
オールナイトニッポンと言えば、みゆきさんでしょう。
なのだけれど、当時凡はオールナイトニッポンを聴いていなかったので、ラジオから流れるみゆきさんの可愛い声を知らないんです。
何たる不幸。
凡の人生の中の、最大の不覚。
とはいうものの、これで良かったのだ。
今、凡はみゆきさんに狂っている。
もし、その当時にみゆきさんを知ってしまったならば、おそらくは狂い極まっていただろう。
素っ裸にコートを着て、電車に乗って、女子高生の前で、「みゆきさーん!」なんて叫びながら、コートの前を開いていただろう。
もしくは、凡の事だから、その狂いを芸術に昇華させていたか。
素っ裸にペンキを塗りたくって、白い大きな紙に転げまわって絵を描く。
前衛芸術。
題は、「転げ回るみゆき。」
どちらにしても、どうも素っ裸になりたいようだ。
弱い人間は、自虐的になると、自分の一番コンプレックスな部分を見せたがるものであります。
そんな訳で、今日はみゆきさんは、少しお休みして、小沢昭一さんのCDを聴いて偲びたいと思います。
それにしても、小沢昭一さんてスゴイなと思う。
沢山の曲を、作詞作曲しているんです。
凡なんか、どこをどう振っても、メロディの音符の1つも出てきやしない。
みゆきさんもそうだけど、歌を作曲できる人って、素直に尊敬しちゃう。
そんなことを思いながら、CDに付いている歌詞を見ていると、小沢昭一さんの有名な曲の「ハーモニカブルース」は、てっきり小沢昭一さんの作詞かと思っていたら、谷川俊太郎さんの作詞だった。
谷川俊太郎さんと言えば、あーた、これまた、みゆきさんに繋がっちゃう。
みゆきさんは、谷川俊太郎さんが好きで、卒論も谷川俊太郎さんについて書いたそうです。
みゆきさんの卒論読んでみたいなあ、なんて思うのは、やっぱりピーピング凡ではありまする。
きっと可愛い字だろうな。
そして作った人を詳しく見ると、
谷川俊太郎作詞、小沢昭一補作詞、小沢昭一作曲、山本直純補作曲、佐々木永治編曲とある。
どこが谷川俊太郎さんの作詞で、どこが小沢昭一さんの補作詞なのか知りたいなあ。
だって、この歌詞って小沢昭一さんの実話から来ているんじゃないのかな。
だから、どういう経緯で谷川さんが歌詞を書いたのかとかね。
それにしても、残念であります。
今日は、小沢昭一さんのCDをかけてご冥福をお祈りしたいと思います。
と言う訳でありまして、みゆきさんのコンサートツアー広島編は、いっかいお休みでございます。
♪俺達おじさんには、今歌う歌がない♪

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