平 凡蔵。の 創作劇場

恋愛ストーリーや、コメディタッチのストーリー、色んなストーリーがあります。
どれも、すぐに読めちゃう短編なので、読んで頂けたら、うれしいです。
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散散歩歩。(96)困った時の京都。六道珍皇寺の冥界への井戸。

雨上がりの京都の街並みは美しい。
とはいうものの、その前には雨が降らなきゃいけません。
そして、その雨は、今でなくても良さそうなものですが、容赦なく凡の服をびちょびちょに濡らすのであります。
幽霊飴を買って、ぶらぶら歩いていると、六道珍皇寺というお寺があった。
門前に、ちょうど今、芦屋小雁さんが「ほん魔界な」展という絵の展覧会をされているポポスターが貼られている。
(このほん魔界な展は、8月28日までなので、このブログをアップしたときは、もう終了しています。アップが遅くてスイマセン。)
面白そうなので、入ってみた。

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それ程広くない境内には、閻魔さんや、小野篁(たかむら)を祀ったお堂や、亡くなった人の霊を呼び戻す「迎え鐘」などがあり京都では有名なお寺だそうです。
この小野篁と言う人は、小野道風や小野小町のおじいさんだそうです。
そして正面には本堂があります。

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本堂の前に行くと、中に浴衣を着た中年の男性が、お客様の相手をしていました。
芦屋小雁さんが、受付で皆さんを出迎えているようです。
本堂から奥の離れのような部屋まで、小雁さんが描かれた少し怖い絵や、昔のことわざをモチーフにした色紙絵などが展示されています。
素朴なタッチで描かれた絵を見ながら進むと、離れに行きつきます。
その離れに掛かっている1枚に目が留まりました。
夜に爪を切ると親の死に目に会えないという題の色紙です。

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よく見ると、あれ?少女の足の指が6本あるではありませんか。
しかも右の足なのか左の足なのか判らない。
凡は気になって何度も足の指を数えてみました。
これはワザと6本にしてあるのだろうか。
そんな事を考えながら、ここはクーラーが効いているので少し座って休憩です。
離れの横の庭には、このお寺で有名な井戸があります。

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(井戸は赤い祠の右側にあります。)
平安時代に、小野篁という人が夜になると、この井戸から冥界に行って、閻魔大王のお手伝いをしていたそうです。
不思議大好き少年の凡は、こんなお話が大好きです。
近くまで行って、中を覗きたかったのですが、庭には降りることができないようです。
しかし、あの世と言うものは、本当にあるのでしょうか。
もしもあるなら、可愛い子孫がこんなに苦労をしているのを、黙って見ているでしょうか。
あるのはあるのだけれども、この世とは別の所にあって、こちらの世界とは行き来がないのかもしれませんね。
もしこの井戸からあの世に行けるのなら、父親と母親にもう一度会ってみたい。
2人とも、こんな凡が息子で、何もしてあげられなかったけど、幸せだったのだろうか。
そしてもう一度、父親がアルミの薬缶に入れたお酒を飲んでいる姿を見たい。
そしてもう一度、母親の作る「辛くない麻婆豆腐」を食べたい。
とはいうものの、何も焦らなくても、いずれまた凡も、そちらの世界に行くのでありますが。
あの世というと、皆さんは生まれ変わり、輪廻転生はあると思いますか。
色んな本を読んだりすると、どうもありそうです。
でも、誰でもが何かに全員生まれ変わるとするならば、地球上の生命の総個体数は、いつも同じということになる。
しかも、この世にはものすごい数の生物がいるのですから、毎日毎日すごい生まれ変わりが発生していることになる。
こんな大変な作業が、何かのルールでもって、日々繰り返されているのだろうか。
少し疑問を抱いてしまう。
凡は、ちりめんじゃこに酢醤油を掛けて、ご飯に乗っけて食べるのが好きです。
ほどよい酸味とじゃこの旨味にご飯がすすむ。
でも、思うのであります。
このじゃこたちの前世は何だったんだろうと。
どんな生まれ変わりを幾たび繰り返して、まさに今、凡の口に入らんとしているのだろうと。
そしてまた、このじゃこたちのハラワタの中にある、プランクトンは、このじゃこたちの口中に入るまでに、どんな生まれ変わりを経て、じゃこに食べられてしまったのだろうと。
「あ、うまい。」って言いながら、こんなことを考えるなんて、少しばかり精神衰弱の気があるのでしょうか。
とはいうものの、輪廻転生は仏教特有の考え方で、キリスト教では、生まれ変わりはあるけれども、前世はないというのが通説であります。
凡もじゃこを食べる時は、にわかキリスト教徒でいきましょう。
アーメン。
展覧会を見て、本堂の玄関まで戻ると、小雁さんがいたので、さっきの足の指が6本ある少女の話をすると、「そういえば、前にも足の指数えてはるお客さんがいはったなあ。そこまで考えずに描いてるんや。」とおっしゃっておられました。
そうですよね。
人生、深く考えちゃいけません。

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コメント

  1. koji より:

    前世って、あるんでしょうかねえ。
    あったら面白いなあ、とは思います。
    ボクは感化されやすいタイプなので、斎藤一人さんの本などを読むと
    「あるかもしれない」
    と思ってしまう。
    自分の前世がどんなだったか、想像するのは楽しいかもしれませんね。

  2. oriver より:

    ご本人とお会い出来るなんて、ラッキーでしたね♪
    じゃこの話しは前にも出てきましたけど、ほんとうじゃうじゃと生まれ変わっていっているんでしょうね。今丁度、生まれ変わりがテーマの本を読んでいます。前世で達成できなかった事や過ちを自分で来世の課題とするそうですよ。
    凡蔵。さんが憧れのサラサラのロングヘアーは前世から受け継がれた「憧れ」かしら♪

  3. 凡蔵。 より:

    ありがとう、kojiさん。
    前世の記憶がある人がいて、その場所に行くと、ちゃんと、その前世の記憶とぴったり一致したという話も聞きますよね。
    本当は、どうなんでしょうね。
    前世占いというのも、見たことがありますが、一度やってみようかな。
    やっぱり、興味がありますよね。

  4. 凡蔵。 より:

    ありがとう、oriverさん。
    じゃこは、気になるんですよねー。
    沢山のじゃこの目が、私を見ている気がするんですよねー。
    しかし、前世の課題を達成するために、今生に生まれて来たんだったら、大変だなあ。
    たぶん、前世の課題というのは、今自分が一番苦手というか、一番したくないことだと思うんですね。
    それを克服しなきゃ、また来世の課題にされて生まれていかなきゃいけないとしたら、私なんか、いい加減だから、ずっと生まれ変わらなきゃいけない。
    前世の記憶がなくて、良かったとも思います。
    とはいうものの、私の前世の課題はなんだったんでしょうね。
    ひょっとして、私の前世は、サラサラロングヘアーの可愛い女の子だったんじゃないのかな。

  5. とっちゃん より:

    前世ってあるような気がする時もあるし、無いって思う時もある・・・
    でも、いずれそちらの世界へ行って、会いたい人にきっと会えるって信じたいですね!
    きっと会えますよね!

  6. 凡蔵。 より:

    ありがとう、とっちゃん。
    向こうの世界では、時間とかもないのだろうから、きっと綺麗な芸能人とかにも会えるんじゃないかなって思いますよね。
    でも、会いたくない人にも、会うかもしれないけど。
    どんな人に会えるか楽しみですね。

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