平 凡蔵。の 創作劇場

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散散歩歩。(140)父の遺言と旅行宣言。

お風呂上りに冷たいビールを一気に喉に流し込むのは爽快だ。
そんな身分ではないのだけれど、凡は毎日ビールを飲む。
とはいうものの、発泡酒か第3のビールなのですが。
19歳ぐらいだろうか、それ以後毎日欠かさず飲んでいる。
毎日毎日、飽きもせずにね。
でも、その飲酒生活の中で、3か月ほど禁酒をしたことがあります。
何故、そんなことをしたかと言いますと、お酒を飲んで酔っ払っている時間が勿体なく感じたからなんです。
というよりも、学生のころから今に至るまで、まったく進歩していない自分が悲しくなり、その進歩していない原因が、ビールを飲んで酔っ払っているからだと思ったからなんです。
もし、夕食をお酒を飲まずに食べたなら、食後も意識がハッキリと冴えわたり、読書をしたり、何か自分を向上させるような時間にすることが出来るんじゃないかって思ったのです。
そして、その時に友人に教えてもらった「禁酒セラピー」(アレン・カー著)を読んで、禁酒をしたのであります。
実際に、お酒を飲まずに夕食を食べるのは体には良さそうでした。
また、ご飯も美味しく感じます。
お刺身を白ご飯で食べる美味しさも、その時初めて理解できました。
そんな時に、凡の実家に行きました。
母親は入院していて父とのミニボンと3人です。
いつもは、夕食の時に、当然お酒を頂きます。
父親も毎日晩酌をするのが好きでした。
凡が禁酒しているのを見て父親が言いました。
「ビールは飲みたい時に飲め。」
でも、その時は、それほど飲みたいと思わなかったので、飲まなかったのです。
少し父親が寂しそうな顔をしたように感じました。
そんな禁酒生活が続いたのですが、何も変わらないのであります。
何も進歩していない。
確かに夕食後もしっかりとはしているのですが、夕食がいつも遅い時間なので、思ったほど時間を有効に使えないし、疲れて帰ってくるので、やっぱり何もしないことも多いのです。
それに、飲まないと「何や、冷たいなあ。」とか「どうしたんや、何かあったんか。」などと皆に心配されるのに、言い訳をいつもしなきゃいけない。
そして、そんなことをしても結果なにも変わらなかった。
禁酒だけでは、何も変わらない。
自分のこころの中の根っこの部分がだらしないことに起因している怠慢であるのでありますから、禁酒したぐらいでは何も変わらないというのも、そうなのであります。
そんな訳で、3か月で禁酒を止めてしまいました。
凡の父親は、真面目が取り柄のような人間でした。
何でもキチンとやらなければ気が済まないという性格です。
ペットボトルのゴミの分別をしなければいけなくなったときに、本体とキャップを別々に出すという事を聞いて、それじゃ本体に残っているキャップの端の輪っかは、どうしたらいいかって管理室に聞きにいったこともありました。
定年まで凡や家族の為に、ただただ毎日働いてくれました。
転勤で名張というところに行かなければならなかったときも、家族の為に引っ越しはせずに片道2時間以上かけて、仕事に行ってくれました。
定年後も働いて、さあこれからゆっくりと旅行などを楽しむぞという時に、体調が悪くなり入退院を繰り返すことになったのです。
母親に聞くと、父はエジプトに一度行ってみたいと言っていたそうです。
家族の為に行きたいところにも行かずに働いて、さてこれから思う存分楽しもうというときになって、行けない体になったのです。
その後、何回も入退院を繰り返して、亡くなる3か月前からは、誤嚥のため口から食事をすることを先生に止められました。
そんな時に、父親が凡に言ったのです。
「冷たいビールが飲みたい。」
勿論、病院でビールなんて飲ませるわけにはいきません。
これからも、先生や看護婦さんにお世話にならなきゃいけないのに、そんなことをしたら入院させてもらえなくなるでしょう。
それから2か月ぐらい経って、父は息を引き取りました。
その時に、父のビールが飲みたいと言った言葉を思い出して、悔しくて、申し訳なくて、情けなくて、何であの時に、内緒で飲ませて上げなかったんだろうと、唇を噛みしめて泣きました。
今でも、後悔しています。
そして、「ごめんな。」と言いたい。
先生や看護婦さんの指示なんて、くそくらえだ。
病院でも何でも、ビールを飲ませてあげれば良かった。
でも、その時は亡くなるなんて思っていなかったんだよね。
そんなことがあって、「ビールは飲みたい時に飲め。」という言葉は、凡にとって父の遺言のように思うのであります。
そして、このビールは飲みたい時に飲めという言葉は、やりたいことは、やりたいと思ったときにやれ、ということだと思います。
そして、それは正解だとも思います。
この3月に、凡とミニボンの休みが2日間同じ日がありました。
なので、何処かへ旅行でも行こうかと思うのであります。
「旅行は行きたい時に行け。」
ということで、3月の20日と21日に旅行へ行ってきます。
それを言うのに、ここまで長いこと父親の話を持ち出したのであります。
素直に旅行に行ってきまーす!と言えばいいものを、遠回りな宣言となりました。
どうもいけませんね。
後ろめたい気持ちで遊ぶなんて、どうもいけない。
凡の意識の中では、「旅行」イコール「遊び」イコール「罪悪」という方程式が、こっそりと存在しているようで、この前沖縄に行ったのに、また行くのかという無意識のこころの声が聞こえるのであります。
というよりも、周りの他人が、そういう風に凡を見ているのではないかと考えてしまうのです。
昨年の暮れに学生時代の小さな同窓会をしました。
10名ぐらいの小さな同窓会だったのですが、同級生で2名亡くなっていることを知りました。
同級生という事は、凡と同じぐらいの年であります。
凡も、いつ死ぬかということについては、例外でなく分らないのであります。
などと、まだまだ言い訳をしようとするのは、相当根が深いのかもしれませんね。
ということで、素直に宣言いたします。
20日から1泊2日で旅行に行ってきまーす!
(このブログを書いている時点では、行ってきましたとなるのではありますが。)

コメント

  1. とっちゃん より:

    凡蔵さん、自分も40歳ぐらいの時に同級生、後輩、先輩、上司、同僚、と、ほぼ同時期に脳溢血で亡くなりました・・・
    と同時に自分も体調を崩し、そこから生き方を変えるなんて言うと大げさですが、考えかとを替えたんです!
    生きていくためには仕事は大事ですが、仕事の為に生きてきたようなスタイルを180度変え、自分の人生をエンジョイするために仕事をするスタイルの変えました!
    それからかなぁ、有給を取って旅行を目一杯楽しむようになったのは、それまではGWや週末の連休を利用して時々しか行かなかったんですけどね~
    一度しかない人生ですから、楽しまなきゃ損!
    仕事も遊びも頑張りましょうよ~

  2. oriver より:

    飲ませてあげたかった・・・
    今、私はその狭間です。
    お酒も飲めなくなった父、たばこくらいはと思うけれど、認知症があって糖尿病があって、火事も病状の悪化も心配だらけ。
    でもね、それくらい・・・って思うんですよ。
    きっと私も同じように思う日がくると思います。
    旅行記、とっても楽しく拝見してます♪
    好きな旅行を楽しんでくださいね(*^_^*)

  3. 凡蔵。 より:

    ありがとう、とっちゃん。
    もう残りの人生の時間的なものを考えると、楽しまなきゃと思いますよね。
    特に健康でいられるうちは、行きたいところへ行かなくちゃ。
    とはいうものの、家族のことを考えると、というか私の場合、奥さんしかいないのですが、ある程度の収入がいるし、そのためには、休めないし。
    中小企業の辛いところです。
    とはいうものの、今年はとっちゃんと見習って、色んなところへ行きたいなと思っています。

  4. 凡蔵。 より:

    ありがとう、oriverさん。
    oriverさんも毎日大変ですね。
    でも、娘さんがすごく優しいし、雰囲気のいい家庭だなあとブログを拝見しても感じます。
    お父様は、大変ですね。
    中々こちらの気持ちも伝わらない時も多いとは思いますが、そんなのは半分諦めて、oriverさんの気持ちを大切に接してあげるしかないですよね。
    それから、火事は絶対に困りますけど、ある程度好きなことをさせてあげてほしいなとも、当事者じゃないんでいい加減な発言ですが、そう思います。

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