今年に入って、もう1カ月が過ぎようとしているのだけれど、無為である。
何も、これといったことも無く今日の今であるのだ。
それは、間違いなく生きているということでもあるのだけれど、なので、別に無為であっても、それはそれで、幸運なのではあります。
人間、なにもしないで、ぶらぶらしていても暮らしていけるならば、これは、ある意味、無為の醍醐味ともいえるだろう。
しかしながら、仕事をしなければ食ってはいけないし、たとえ食っていけても、何かをしたいと思う欲がある場合は、そのぶらぶらは、少しばかりストレスとなってしまう。
こんな凡でも、何かをしたいという気持もあるので、どうにも、これで良いのかと、自問したくなる。
とはいうものの、最近は、体調も万全ではないので、もやもやしたものを持ちながらの無為なのであります。
そんな時に、少しばかり、テンションを上げてくれるのが、今年もやってくれた「中島みゆきさんの映画」である。
これ、昨年も1月にあったんだよね。
恒例になってくるのかな。
ということで、今年も見に行ってきました。
1月2日から、1週間単位で、1週目は、ライブヒストリー歌旅~縁会~一会。
2週目は、ライブヒストリー2。
そして、3週目は、コンサート歌会Vol.1の劇場版。
という映画の内容は、全部、見終わってから知った。
映画をやるってことは知ってたのですが、何を上映するのかまで、チェックしてなかったのだ。
というのも、年末は、体調も壊して、また、仕事も年末で忙しかったので余裕なかったんですよね。
んでもって、3週間とも見に行って参りました。
やっぱりね、この映像は、今まで何回も見たことのある映像だし、自宅にもね、DVDだとか、ブルーレイだとかを持っているので、全く以って、新鮮味はないんだよね。
でも、見に行ってしまうのね。
だって、映画館の大スクリーンに映し出されるみゆきさんの顔を見たいもの。
やっぱり、テレビで見るのと、映画館で見るのとは、雲泥の差がある。
しかし、これは何度も書いているのだけれど、女性の顔を拡大して、それを、食い入るようにじろじろと見つめる。
そんなことをして良いのだろうか。
みゆきさんの唇や、身体のライン、そんなのをじろじろ見るっていう行為は、果たして、ハレンチな行為なのではないだろうかと。
今、凡は、ハレンチなことをしているのではないかと。
凡自身が、もともとハレンチであるということは、この際おいておいてさ。
とはいうものの、みゆきさんが、映画として出しているんだから、そこは、良いと判断しても良いに違いない。
みゆきさんが、オッケーだしてるんだものね。
ということで、今回も、じろじろと見てまいりました。
みゆきさんのビデオやコンサートの映像は、これはもう最高なのは当たり前なのだが、凡が期待したいのは、少しだけ素のみゆきさんが窺い知れるメイキングである。
宣伝では、恩知らずのメイキングも上演されるとあったので、期待したのですが、思ったより時間が短くて、拍子抜け。
んでもって、最終週の歌会のコンサートの映像の最後に付いているメイキングというか、「倶に」の特別映像は、これはもう、最高でありました。
これだけ、何回も見たいぐらい。
ということで、映画の内容については、今まで、歌会の事も書いてきたので、今日は割愛。
初週は予定数終了だったのか、貰えなかったのですが、2週目と3週目は、来場記念のオマケを頂いた。

栞らしいのだが、これがなかなか良かった。
みゆきさんの写真のポジフィルム。
凡も学生の頃、始めて買った安いリコーのカメラで、当時のポジフィルムのコダクロームを使ってみたことを思いだした。
ネガを使っていた凡より、少しばかり偉くなった気がしたな。
今はもう、フィルム自体が無くなろうとしている時代。
凡の生きている、ほんの短い年数でも、これだけの変化があるんだよね。
昔が懐かしい。
そういえば、「僕のコダクローム」なんて曲もあったね。
と、昔話は置いておいて、というか、みゆきさんは、昔を振り返って、懐かしいなあ、なんて思ったりすることがあるのだろうか。
どうも、みゆきさんは、後ろよりも先ばかりを見ている気がする。
さて、ここからは、最近のお話。
凡は、トランプさんと、プーチンさんが大好きだ。
突然、話題が変わってしまったようだけれど、少しだけ繋がっている。
先日、みゆきさんの映画を見に行ったときに、これから上映される予定の映画の予告編が流れていた。
その中で、凡がこれは、是非にも見に行ってやろうと思った映画があった。
「メラニア」という映画だ。


ここで、トランプさんと繋がってくる。
メラニアさんと言えば、誰もが知っているトランプ大統領の奥様だ。
これは、トランプさん大好き人間としては見に行かなければいけないでしょう。
トランプさんの2回目の大統領就任の前の20日間のメラニアさんを追いかけたドキュメンタリー映画である。
始まって、おお、と感心したのは、これは記憶で書いているので間違っているかもしれないが、メラニアさんのハイヒールのアップで始まるんだよね。
というか、ハイヒールのアップの映像がかなり多かったと思う。
あたしは、大統領夫人であるとともに、モデルなのよというアピールなのだろうか。
或いは、女性であることの象徴として、ハイヒールのアップを持ってきたのか。
或いは、あたしは、美しいのよというメッセージなのか。
兎に角、意図的にハイヒールが映し出される。
まあ、男性としては、みんなハイヒールが好きだからね、悪くは無いなというか、全体のストーリーとしても、最初に、ハイヒールを持ってきたのは、良い演出だと思う。
それで、どんな内容だったかというと、ほぼ全編、メラニアさんの自画自賛である。
わたしは、トランプさんのために、こんなに裏で役に立ってますよとか、福祉事業にも参加してますよとか、そんな内容である。
ただ、流石、元モデルさんとあって、就任式の時の衣装とかに関して、あーだこーだと、デザイナーの人とやり取りをしている場面は、かなりの時間を割いていた。
ここまで拘るんだと感心しましたよ。
黒のハットの白いリボンの幅とか、襟の位置とか、かなり細かいところまで註文をつけていた。
それを見ていて、ひょっとして、メラニアさんって、みゆきさんに似ているのかもしれないなと思ったのだが、どうなんだろう。
みゆきさんも、コンサートのメイキングなどで、衣装などにこだわっているシーンを見たことがある。
それが、本職の歌になると、ほんの短いメイキングの映像からだけでも、かなりのこだわりが見て取れる訳だけど、それに近いものをメラニアさんに見た気がした。
みゆきさんのDVDなんかにしても、2日間撮って、そのええとこどりをしたものを、繋げて1本にしているからね。
あれ、凡なんかにしたら、やめて欲しいんだけど、みゆきさんがしたいなら、仕方がない。
本当は、全部、通して撮影したものを、歌も間違った状態で、DVDにしてほしい。
完璧に仕上げたいたいのだろう。
メラニアさんも、映像を見ていると、完璧でありたいと必死なんだよね。
メラニアさんを見て感じたのは、強い女。
みゆきさんも、きっと、芯のある強い女であるはずだ。
でも、みゆきさんは、強い女であると同時に、弱い女でもあるんだろうなと思う。
そんな弱い部分が感じられるからこそ、惹かれてしまうんだろうと思う。
メラニアさんにも、映像では感じられなかったけれど、弱い部分もあるのかもしれない。
こんな風に、ぐだぐだ書いていると、メラニアさんのことも好きなんだと捉えられるかもしれないが、みゆきさんが本命だからね。
メラニアさんとみゆきさんでは、全然、違うのである。
だって、メラニアさんは、ちと怖い。
みゆきさんも怖いのかもしれないが、なんせ、笑顔が可愛いし、ちょっと、アホな部分も、ごくたまに見せてくれたりして。
ずっと、そばにいてほしいなと思ってしまう。
世の女性は、男に愛されたければ、弱い女であるべきかもしれない。
そして、アホな女であるべきかもしれない。
そんな女に、男は惹かれるのだろう。
勿論、見せかけの演技でも、その効果は同じである。
と、こんなことを書いたら、女性陣から批判を受けるのだろうか。
でも、そんなことは、どうだっていい。
どうせ、凡なんて、いくら女性の機嫌を取ったって、凡を好きになってくれる人なんて、いない訳だからさ。
どうだっていいんだ。
まあ、自虐的、自暴自棄的、愚痴は、おいておきましょうか。
メラニアさんの映画の最後の最後の方には、トランプさんも登場して、締めくくりとなる訳だが、やっぱり、そこは良かったね。
ただ、メラニアさんの自画自賛の映画であることは、これは間違いない評価ではあるだろう。
映画を見終わって、外に出たときに、ご夫婦で鑑賞されていた奥さんの方が、「何を見せられたんや。」と旦那さんに呟いたのは、この映画の最高の極めて的を得た感想だと思う。
凡の感想は、「あのハイヒール高かったな。みゆきさんのピンヒールも高くて美しいけど、あのメラニアさんの高さは、10センチはあったんじゃないかな。すごいね。」ということになるのかもしれない。やっぱり、ハイヒールの印象が強烈だった。
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