六甲の麓の日の暮れた坂道を上っている。
賑やかな通りを通り過ぎて、山道に入ると、街灯が少ないせいか、急に、暗闇の中に放り込まれたようで、この道で合っているのかと、不安になってくる。
首の後ろの一筋の汗が、シャツの中に流れ落ちていくのを感じていた。
「やっぱり、駅前の賑やかなところに泊まれば良かったか。」
凡は、引き返したい気持ちであったが、もう、ホテルは予約をしてしまっている。
今更、キャンセル料が掛かるなんて、勿体ない。
すると、目の前に、明かりが見えた。
やっと着いたか。
山の稜線さえ判別できないぐらいに暗くなった山の中に、1軒だけ灯りの付いた建物がある。
今日、予約を入れたホテルだ。
「いや、このピンクのネオンの看板は、、、まさか、ラブホテルじゃないよね。」
ネオン管がホテルの名前を暗闇に、煌々と浮かび上がらせている。
「ホテル・みゆき。」
分厚い木のドアを開けるとフロントがあった。
「いらっしゃいませ~。」
美しい女性が笑顔で凡を出迎えてくれた。
、、、、えっ、まさか、みゆきさん?
「あ、解っちゃった?あたしも、音楽ばかりやってると、気が滅入るのよね。だから、副業で、ホテル始めたの。」
「そうなんですね。でも、副業なんてやる必要ないでしょ。お金持ってるんだから、息抜きしたいんだったら、いろいろあるでしょ。旅行するとか。」
「お金、持ってるわよ。でも、趣味なのよ、ホテルは。歌作るのも、忙しいでしょ。だから、そんなに時間も割けないって解ってるけど、やってみたかったのよ。でも、1年で、せいぜい2、3日かな、ホテル営業するのも。今年も、お客は、あなただけだし。」
「僕だけ。」
凡は、このホテルに、凡とみゆきさんしか居ないんだという事実に、いささか興奮を覚えていた。
「ねえ、凡ちゃん。あ、凡ちゃんって呼んでいいよね。お風呂にする?でもさ、先に、ビールを1杯飲んで行ってよ。」
「お風呂にするって、部屋にシャワーがあるんですよね。それとも、大浴場とかあるんですか。」
「普通のお風呂よ。というか、このホテル、一部屋しかないのよ。だから、凡ちゃんの部屋のお風呂、もう沸かしてあるよ。でも、先にビール飲もうよ。」
「ええ、でも、、、、。」
「お金なら、気にしないでね。ビール代も、宿泊費に含まれてるの。いくら飲んでも、食べても、1泊税込み12500円よ。どうよ、安いでしょ。今流行のオールインクルーシブっていうやつよ。」
「オールインクルーシブ、流行ってるんですか。」
「オールインクルーシブ、流行ってるわよ。」
「オールインクルーシブ、流行ってるんですね。」
「オールインクルーシブ、流行ってないの?ていうか、オールインクルーシブ、流行ってるんじゃないの。ねえ、いいじゃないのよ。ここは、流行ってるって事にしときなさいよ。」
「解りました。流行ってますよ。オールインクルーシブ。」
「そんなことより、ビール飲も。」
凡とみゆきさんは、ホテルのラウンジで、ビールを飲む。
ああ、こんな幸せがあってよいのだろうか。
まさか、夢じゃないよね。
「歌、歌ってあげようか。」
「みゆきさんが、僕だけに、歌を?」
優しい笑顔で頷いて、アカペラで歌いだした。
♪♪ うらみまーすー、うらみまーすー ♪♪
「いや、その選曲は、何なんですか。」
「意外と人気の曲なのよ。ねえ、凡ちゃん、あたし歌うから、踊りなさいよ。」
凡は、無理矢理、踊らされてしまう。
「えっ、この5円玉を輪ゴムで鼻の先に着けて。んでもって、ざるを持って、中腰で、腰を振りながら歩く、、、って、これ安木節のドジョウ掬いやん。こんなの、みゆきさんの歌に合わないよ。」
「何言ってるのよ。曲作ったの、あたしよ、これが合うのよ。はい、中腰で、もっと、腰を前後に振るのよ。はい、腰を振って。」
凡は、云われるままに、うらみますの歌に合わせて、ドジョウ掬いを踊る。
かれこれ30分も踊っただろうか。
すっかり、ビールの酔いが醒めてしまった。
「じゃ、そろそろ、夕食の時間よ。」
ダイニングテーブルに、凡とみゆきさんの、ふたりきり。
それにしても、みゆきさんって、こんな人だったのかな。
そう思ったが、そんな事は考えないでおこう。この場に、みゆきさんと居られる幸せをかみしめていた。
「はい。凡ちゃん。あーんして。」
「いや、そんな。恥ずかしいよ。」
「これも宿泊代金に含まれているのよ。だって、オールインクルーシブなんだもの。」
凡は、ひと匙ひと匙、みゆきさんがスプーンで口に運ぶ料理を味わっていた。
もう、何を食べているのかさえ分からないよ。
「じゃ。もう寝ましょう。あたしが、子守唄を歌ってあげる。これはね、凡ちゃんだけのサービスよん。」
凡は、ベッドに横たわると、みゆきさんが、横に添い寝をしてくれる。
そして、子守唄を歌いだした。
♪♪ うらみまーすー、うらみまーすー ♪♪
「み、みゆきさん、また、その曲なのね。」
「いいから、あなたは、寝ながら、ドジョウ掬いの復習よ。さあ、腰を振りなさい。」
「、、、、いや、みゆきさんが添い寝をしているこの状況で腰を振ったら、、、何か、エロっぽい気持ちになっちゃいます。」
「それはそうね。この文章、純真な男の子や女の子が読むかもしれないものね、腰は振らなくていいわ。」
そして、凡は、みゆきさんの子守歌を聞きながら眠りについたのであります。
そして、次の日の朝。
「おい、見てみろよ。男の人が、真っ裸で寝てるよ。」
「ホント、気持ち悪い。あのタヌキに化かされたのね。」
「っていうか、満面の笑みで、タヌキにチューしてるよ。」
「それも、チューしてるのが、タヌキのお尻の穴よね。」
「もし、もし、そこのお兄さん。大丈夫ですか。」
肩を揺さぶられて凡は目が覚めた。
口の周りが、妙に、臭いのが、不思議で仕方がない。
「お兄さん。大丈夫ですか。ひょっとして、美人のママがいるホテルに泊まりなさったか。」
「えっ、えっ、いったい、私は、どうしてここにいるのでしょう。」
「あなたはね、この山に住むタヌキに騙されたんですよ。年に数回、お兄さんみたいな人が、タヌキに化かされて一夜を明かすんですよ。」
「そ、そんな。ということは、あれは、夢だったのか。」
「ずっと、オールインクルーシブって、寝言でいいなさってましたよ。さぞかし、エエホテルやったんでしょうな。自分の知らない心の奥底の欲望が実現されるらしいですな。ここいらでは、ミラージュホテルっちゅうて、都市伝説になってるんですわ。」
「そうそう、ミラージュホテルっていうの。そのホテルに泊まった人は、魂を抜かれたみたいになっちゃうらしいのよ。だから、冗談でね、ここら辺では、ちょっと、頭おかしい人をね、あんた、あの人、ミラージュホテルに泊まったんちゃうかー、なんてね、そう表現したりするんですよ。」
「オールインクルーシブのミラージュホテル、、、、。」
そう呟いた凡の口許は、昨夜の出来事を思い出して、嬉しさのあまり、ほころんでいた。
しかし、凡は、真っ裸であることに気が付いて、そこらにあった、木の葉っぱを2、3枚拾って、股間に当てて、走り去っていくのでありました。
ここで流れる、映画、「男はつらいよ」のテーマ曲。
凡は、ある時期から定番になっている「男はつらいよ」の映画の、始めの寸劇が好きなんですよね。
んでもって、今回は、それをマネしてみましたよ。
あ、これを書いておかなくちゃ。
今回も、みゆきさんを、変な女性にして登場させて、「みゆきさん、ごめんなさーい。」。
実は、この8月は、先月から、ミニボンと休みを合わせていたんですね。
5日、6日の連休と、18日から20日の3連休。
なので、この5日、6日に、何処かに旅行にでも出かけようかなと思っておるのであります。
んでもって、いざ、直前になって、ホテルを取ろうと思ったら、どこもかしこも、結構な高めの値段設定。
今まで何度か利用させて頂いた湯快リゾートさんや、大江戸温泉物語さんなども、15000円とか、大江戸の箕面などは、2万円を超えている。
もともと、お手ごろな値段が売りのチェーン店だったのに、普通より高くなってしまった。
さて、どうしようかと思っていたら、京都府の宮津に、「メルキュール京都宮津リゾート&スパ」さんというホテルを見つけた。
実は、このメルキュールさんは、琵琶湖の近くにもあって、気になっていたんですよね。
後で調べたら、メルキュールさんは、フランスのアコーという会社が経営するホテルグループなのですが、この2024年の4月に、もともとのダイワリゾートのホテルをリブランドしたホテルらしいです。
そして、これも後で知ったのですが、メルキュールと、グランドメルキュールという2種類のタイプに分かれているそうです。
簡単に言うと、メルキュールは、庶民派、グランドメルキュールは、高級派ということだろうか。
凡が、気になっていた琵琶湖のホテルは、グランドメルキュールでした。
ただ、楽天トラベルの口コミを見ると、料理を取るのに行列がスゴイとか、いろいろ、不安になる評価も多く書かれていたので、どうしようかなと迷っていたんです。
でも、オールインクルーシブという謳い文句で展開されているので、そこは、1度は経験してみたいのではあるんですよね。
そんな時に、見つけたのが、メルキュール京都宮津リゾート&スパさんだ。
検索をすると、2人で、1泊、夕朝食付きで、税込み25000円だった。
1人当たり、12500円だ。
オールインクルーシブなので、アルコールも含まれている。
安いホテルチェーンでも、夕食時に飲み放題を付けたら、1500円ぐらいする。
ということを考えたら、安いじゃないか。
ということで、直前に、予約を入れる。
そして、送迎を確認。
ということで、初めてのオールインクルーシブの旅に行ってきました。
果たして、そこは、ミラージュホテルなのだろうか。
んっでもって、当日。
8月5日(月曜日)。
8時過ぎに自宅を出発。
京橋から大阪に出て、新快速で京都まで移動。
京都駅 10時25分発 はしだて3号。
スマホの路線案内などのアプリで見ると、目的地の宮津に行くには、ほとんどが、播但線経由と結果が出る。
凡も、青春18きっぷで山陰地方に行くときは、どうしても、播但線経由の方が本数が多いので、そっちを選んでしまう事が多い。
でも、久しぶりに山陰本線にも乗りたかったので、あえて、京都発の特急にしたのであります。
特急に乗るんだったら、駅弁を食べたい。
京都駅で、購入。
「京都太秦名物 ロケ弁当」
名前に惹かれて買ったけれど、ビールのアテになるものもあり、最後は、塩サバで、ご飯を食べる工夫もされていて、良かったです。
んでもって、12時36分、天橋立着。
ホテルの送迎バスが、14時30分なので、宮津を通り越して、天橋立までやってきました。
ここでの滞在時間は、1時間半ほど。
先ずは、観光案内所で、地図を貰って、駅周辺の散策。
駅の近くにある智恩寺さんにお参り。
この辺りから、天橋立が対岸の籠神社まで続いているのだけれど、観光船の乗り場があって、お土産物屋さんなども集まっている。
時間的に、お昼を頂こうかなと思う。
宿泊施設の1階がカフェのようになったオシャレなお店があったので入る。
先にオーダーをして、席に持っていくスタイルだ。
料理は、バーガーのみ。
ミニボンは、普通のハムとチーズのバーガー。
そして、凡は、宮津バーガー認定と書かれているサーディンバーガーを注文。
もう少し、サーディンを入れて欲しい気もするが、他では食べることの出来ないバーガーは、今日の浮かれた旅気分には、似合っている気がする。
んでもって、浮かれ気分で、通りにあった黒豆ソフトクリームなども食べてしまう。
天橋立は、何度か行ったことがあるのですが、それでも、観光地に来たら、楽しくなってしまう。
14時16分の列車で、宮津に移動。
14時30分の送迎バスで、ホテルに向かう。
行く前は、時間が合わなければ、タクシーでも良いかと思っていたが、これが、結構な距離があったので、やっぱり、送迎バスにして良かった。
んでもって、高台にある今日のお宿、メルキュール京都宮津リゾート&スパさんに到着。
さて、初めてのオールインクルーシブを経験しようではありませんか。
オールインクルーシブ!
そこは、ミラージュホテルなのだろうか。
、、、でも、みゆきさんがいるわけないよね。
コメント
オールインクルーシブですか?
なんだか凄くリッチな響きですね
今回は奥さまと行かれたようで、青春18きっぷは使わなかったようですね
と言う事は、次の3連休に凡蔵さん一人でどこかに行こうとしていますね
次回はどこに行くんだろう?
東に来るのか?
あるいは西か?
楽しみですね
オイルサーディンのバーガーですか?
少し酸味はあるのかな?
旅先ならではのチョイスですかね
冒頭の太秦ロケ弁は純和風な感じで美味しそうですね
やはり列車の旅には駅弁が似合いますね!
ありがとう、ゆけむりさん。
いいでしょー、オールインクルーシブ。
私も、初めて経験しました。
次の3連休は、ゆけむりさんの想像は、外れましたよー。
3連休も、奥さんと、仲良く?行ってきます。
というか、今まさに、家を出ようかというところです。
行き先は、仙台なんです。
何回か行ったことがある場所ですが、今回は、マイルを使ってタダで行こうということになって、
行き先は、往復タダな場所というところで決まりました。
オイルサーディンのバーガーとか、ご当地メニュー、他のメニューの方が美味しそうかなと思う事もありますが、
やっぱり、その土地、その時しか食べれませんもんね。
今回のオイルサーディンのバーガーは、もう少し、サーディンが乗ってたらなあという感想です。
予想が外れちゃったみたいですね
しかもマイル旅で仙台とは予想だにしていませんでした
と言う事は、青春18きっぷがまだ3枚残っているから、更に続けてどっかに行かれるんですね
自分も真似したく色々調べたんですが、9月の11日か12日ぐらいまでが期限のようですもんね
参考までにお聞きしたいのですが、横浜から焼津でランチして岡崎の味噌工場見学後名古屋に入って泊まる
翌日は静岡おでんを食べて泊まる、もしくは東海道線で帰宅する
まぁそんなプランを連れに話したら、そんなに電車ばかり乗れないと一蹴されました
やはり無理がありますかね?