平 凡蔵。の 創作劇場

恋愛ストーリーや、コメディタッチのストーリー、色んなストーリーがあります。
どれも、すぐに読めちゃう短編なので、読んで頂けたら、うれしいです。
日々のブログは、この下にありますので、こちらも見てくださいね。

創作劇場は、ここをクリックしてください。⇒⇒⇒

散散歩歩。(872)オリンピック雑感。

ピョンチャン・オリンピックが閉会した。
凡もミニボンも、フィギュアスケートを録画して、応援していました。
他の競技は、ルールも知らないけれど、ただ、フィギュアスケートだけは、昔から見ているので、その面白さも知っている。
というのも、ミニボンは、一時期、フィギュアスケートのフランスのフィリップ・キャンデローロという選手のファンだったことがあって、何度かリンクにスケートを見に行ったりしていたのです。
フィリップ・キャンデローロ選手は、1994年のリレハンメルや、その後の長野で、銅メダルを取った選手だ。
その当時は、フィギュアスケート界では、日本に多くのファンがいたんですよね。
ミニボンも、その内の1人だ。
とはいうものの、そこはスポーツ選手なので、NHK杯の時に、泊っているニューオータニに行ったら、選手がみんなブラブラしていて、一緒に写真を撮ってくれたりした思い出があって、アイドルよりも自由度が高かった。
その時の、ブルネイ・コーチなんて、なみはやドームのリンクの下から、凡とミニボンを見つけて、手を振ってくれたりした。
そのぐらい、のんびりしていた。
ミニボンは、名古屋とか、たしか盛岡のNHK杯も見に行ってたな。
盛岡では、本田君や、荒川静香さんが、年齢が低くて参加できないので、前座のような場面で滑っていたそうだ。
そういう凡も、当時は、エカテリーナ・ゴルデーワさんというペアの選手に、鼻の下を伸ばしていた。
可愛かったんですよね。
でも、相方の旦那が死んだあと、それほど月日も立っていないのに、別の選手と仲良くなってしまって、その時は、女性は引きずらないというか、さっぱりしているというか、少しばかりショックを受けたのを覚えている。
そんなものなのかな、女の人って。
みゆきさんは、どうなんだろう。
いや、いや、いや、それは考えないでおこう。
みゆきさんが、誰かを好きだなんて、考えたら、気が狂ってしまうよ。
ということで、前置きが長くなりましたが、そんな訳で、フィギュアスケートを楽しみに見ていました。
そして、宮原知子さん、坂本花織さん、おめでとう。
本当に、頑張ったし、あの場で、今までやってきたものを出し切れたと思う。
今までの、すごい選手でも、あのオリンピックという場所では、ミスをしたり、実力を出しきれなかったりするのが、普通だ。
でも、2人は、自分の実力を出し切った。
素晴らしい!
宮原知子さんも、演技力も、ますます上がってきて、今回の演技は、東洋の宝石のような気品と美しさがあった。
坂本花織さんも、若さ溢れる演技で、見ている人も元気になるような演技だった。
今回、メダルは逃したが、そんなことは、どうだっていい。
2人とも、素晴らしかったのだから。
メダルの金と銀をとったメドベージェワさんと、ザギトワさんは、あれは特別だ。
破格に上手いから、仕方がない。
とはいうものの、告白するけれども、凡は、メドベージェワさんも応援していたのであります。
可愛いものね。
「月に替わってお仕置きよ。」なんてさ。
それに、メドベージェワさんのスケーティングの軽やかな事。
ステップも、重力を感じないところが、本当に素晴らしい。
そんでもって、男子は、羽生結弦さんと、宇野昌磨さん。
この2人も、本当に素晴らしい演技だった。
メダルも取ったし、もう言う事なし。
因みに、ミニボンは、高橋大輔さんのファンなんだけれど、引退したので、今は宇野昌磨さんを、特に応援しているのであります。
なので、メダルを取って、テレビの前で、拍手喝さいしておりました。
そんでもって、ペアの須崎海羽さん、木原龍一さんも頑張ったし、アイスダンスの村元哉中さん、クリス・リードさんも頑張った。
おめでとうございます。
オリンピックの中継の良いところは、普段の大会だと、女子と男子しかテレビ放映しないけれど、ペアもアイスダンスも放送するところだ。
ペアも、ダンスも、見だすと面白いんだけれどなあ。
ということで、選手のみなさん、お疲れでした。
なのだけれど、気に入らないのがオリンピックだ。
選手や、スタッフ、ボランティアの人たちには、頑張ったお礼を言いたいけれど、このオリンピックを企画運営している委員会には、どうもスッキリしないものを感じる。
お金を掛け過ぎなんだ。
それに、演出過剰。
そして、メダルを取ることだけを追い求める姿勢。
もう、今のオリンピックは、オリンピックじゃなくて、スポーツ・ショウになってしまっている。
そして、それは今、テレビを見ている人の全員が感じいていることだろう。
ただ、今の人たちは、それを見たいのかもしれないけれどね。
とはいうものの、凡は、スポーツ・ショウが嫌いという訳じゃない。
ショウなら、ショウで、それを大いに謳ってやればいい。
プロレスとかプロ野球みたいにね。
宮原知子さんと、メドベージェワさんが、場外乱闘で流血なんてね。
みんなビックリして、テレビにくぎ付けになるよ。
面白いだろうね。
凡が気に入らないのは、オリンピックという崇高な理念を謳いながら、ビジネスのことしか考えていない委員会や、政治家だ。
今一度、オリンピック憲章を、読み直すべきだね。
⇒⇒⇒オリンピック憲章は、こちらを見てみてください。
https://www.joc.or.jp/olympism/charter/pdf/olympiccharter2016.pdf

オリンピックというのは、選手が一所懸命に競技をして、それを見た若い人が、実際にそのスポーツをやってみようと思うことに意味があると思う。
若い人に限らなくても、見ている人が、よし面白そうだと、テレビの前から腰を上げて、今すぐに、スキー場や、スケートリンクに向かう。
それが、オリンピックの意味なんだ。
たとえ、それが、今はやりのスポーツでなくてもいい。
近所の公演でやるラジオ体操だって、身体を動かして、ああ気持ちが良いなあと思えるなら、そして、それでイキイキとした毎日を送れるなら、それは立派なスポーツなんだ。
そういうことを、思い出すべき時じゃないだろうか。
そんでもって、もうすぐパラリンピックが始まる。
あれもまた、疑問なのだ。
どうして、オリンピックとパラリンピックを分けて開催する必要があるのだろうか。
一緒にすればいいじゃないか。
オリンピックの中に、パラリンピックの競技がある。
同じ内容の世界大会なんだから、その方がみんなも見るし、1度で済むじゃない。
そんでもって、統一できる競技は、一緒にしちゃう。
たとえば、スピードスケートなんかも、健常者も障害者も一緒に滑る。
その障害の度合いによって、ハンデを付ければ良い。
今度の、東京のオリンピックは、そんな風にしてはどうだろうか。
今までの慣習を破って、新しいオリンピックを提案する。
オリンピックとパラリンピックを一緒に開催するのは、経費的にも、スポーツをアピールする面でも、意味があると思うのだけれど、どうだろうか。
そんでもって、その東京オリンピックについて言うと、以前にブログに書いたのだけれど、あのエンブレムは、今からでも変更できるのであれば、変えた方が良い。
大体、わざわざ2つのエンブレムは必要がない。
1個で十分だ。
何で、あの東京オリンピックのエンブレムが良くないかは、もしお時間がありましたら、
こちらを見てみてくださいましね。
⇒⇒⇒東京オリンピックのエンブレム、完全なる円と、不完全な円。
https://tairabonzou.jp/201605_article_2_html

ということで、オリンピックについて、思いつくところを書いてみたけれども、こんなことを書いている凡自身、スポーツは、ほとんどしない。
なのだけれど、たまに身体を動かしたい欲求にかられるときがある。
自然と、運動が足りていないことを身体が知っているのだろう。
難しい体操は、無理だ。
ラジオ体操辺りから始めてみますか。
そういえば、今、ちょっと身体を動かしたら気持ちがいい。
よし、やろう。
自己流体操。

画像

=========================================
平 凡蔵。へのファンレターや
       お褒めの言葉は
sansanpopo@tairabonzou.jp
=========================================

コメント

  1. ゆけむり より:

    もし凡蔵さんがカーリングファンだっらゴメンナサイなんですが、自分はなぜカーリングがオリンピック種目になっているのか理解できないんです
    自分が思うオリンピック種目とは、肉体と技を極限まで高めた者同士が競い合うものだと思っているんです
    例えばスノボーのハーフパイプ、これなんか人間技とは思えませんよね
    それに対しスキーのハーフパイプ、こっちはイマイチ華が無いような気がします
    スピードスケートなんて、コンマ1秒を争うのに対しマススケートはどうか?
    見ていて面白い事は面白いですが、なんだか競輪のスケート版のような駆け引きがあって、最初の頃はダラダラゆっくり滑るのがどうもしっくりきません
    あっ、IOCに関しては巨額の放映権やらなんやらと、金儲け第一主義ですよね
    それに関連する企業も、オリンピックで一儲けしようってのがどうも気に入りません
    たった一度の為に莫大な資金を掛けて作る競技場もどうかと思います
    パラリンピックにしても、例えば目の不自由な人が音が出るサッカーボールを使っての競技ですが、なにか釈然としないものがあるんですよね
    足の不自由な人のスキーの滑降のような競技、下半身に1本のスキーのようなそりのような細い板を固定して滑る、これも相当い技術が必要だと思いますが、見ていてハラハラしちゃうんですよね
    もし転倒したら大怪我するんじゃないかと心配になってしまう
    長くなりましたが、変わり者の屁理屈とお許しくださいm(__)m

  2. 凡蔵。 より:

    ありがとう、ゆけむりさん。
    今回の平昌オリンピックでは、フィギュアしか見なかったかな。
    もちろん、ニュースのハイライトでは、見ましたけれどね。
    んでもって、カーリングも見なかったなあ。なんか、面倒くさくて。
    あれは、やってる人は、頭も使うだろうし、モップみたいなので氷をこするのは、かなりの腕の力がいるだろうとは思うのですが、何となくスポーツのギリギリのところに位置してると感じます。ゲーム的な要素を、含んでるように見えます。やったことないから断言できないけれど。
    そういう意味では、ゆけむりさんの意見にも、賛成です。
    あれがオッケーなら、ボーリングも、ゲートボールも、オッケーになっちゃう。
    それと、思うのは、競技の数が多過ぎる。
    ハーフパイプなんかは、たしかにスゴイ技だろうし、誰にも出来ないものだと思うけれど、あれもまた、人工的な、作られた競技というか、あれを認めたら、いくらでも競技の数が増えてしまう。
    と、思うのは、年とってるせいでしょうか。
    と、批判的なことばかり書いていますが、別の考えで、オリンピックも、もっと、大らかなものであっても、いいような気がします。順位にこだわらないような感じとか。

タイトルとURLをコピーしました