平 凡蔵。の 創作劇場

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散散歩歩。(713)キリストの墓、恐山の旅・意味不明なルートなのね。(2)

書き始めた青森のキリストの墓、恐山の旅の話ですが、途中、みゆきさんの話と、エンケンさんの話で、間が空いてしまいました。
また、今から再開です。
どうぞ、よろしければお付き合いくださいませ。
(この前の話は、こちらです。⇒) 

9月10日。
東横イン札幌すすきの南には、朝食が付いている。
7時頃に行くと、既にスポーツ選手の団体が並んでいた。
食事の内容は、簡単なものだけれど、無料なので、これは有り難い。
ただ、凡が食べて出ようかと思った時に、炊き込みご飯が運ばれてきた。
具が多くて、美味しそうだった。
食べてはいないけれどね。

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(朝食としては十分)
さて、前日に札幌のパワースポットというキーワードで検索をしたら、北海道神宮が素晴らしい気に満ちているという。
まずは、ここに行ってみよう。
ホテルを出て、札幌駅に移動。
キャリーケースをコインロッカーに預ける。
これで、身軽になった。
地下鉄で、丸山公園駅まで移動。
園内に入ると、急に静かな気に包まれたような感覚になった。
凡が行ったのは、表参道ではなく、丸山公園からの参道なので、最初に「開拓神社」があった。
参拝の順番が違うかもしれないけれど、これからの人生を切り開いていくことを祈念して、お参りをした。

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(丸山公園側の鳥居)

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(開拓神社)
そして、本殿の手水舎まで来て、身を清める。
すると、社務所の前で、警備員や神官が並んでいた。
聞いたら、「旬祭の日」という月に1回の例祭がいまから始まるという。
全部は見なかったが、タイミングがグッドである。

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それにしても、この境内は、本当に気持ちの良い空間なのです。
凡には、霊感も何もないのだけれど、この辺りの気が、澄んでいることは、ハッキリと感じる。
境内の林の間をすり抜ける風が、凡の細胞の隙間をすり抜けていく。
ここの木陰にボンボンベッドを持ち込んで、1日寝っ転がっていたら、凡の身体や魂から、禍々しきものが、解き放たれて、瑞々とした凡に生まれ変われそうである。
ホント、そんな感じがした。
さて、本殿の前に来たら、檜の香がフワッと身体を包んだ。
ご祭神は、大国魂神(おおくにたまのかみ)と呼ばれる北海道の国土の神様と、大那牟遅神、少彦名神の3神と明治天皇である。
こころ静かにお参りをした。
さて、手水舎の後ろのベンチに腰掛けて、少し休む。
さて、これからどうしようか。
考えていた北大の博物館も、午前中に行けそうである。
昨夜の予定では、小樽か余市へ行こうと思う。
余市なら、NHKの朝ドラ「マッサン」で、みゆきさんとの縁もつながるなと考えていたら、急に、みゆきさんが恋しくなってきた。
もう、好きで好きで堪らないんだよね。
そう思うと、また藤女子大へ行ってみようか。
そんでもって、その近くの喫茶店でも行って、みゆきさんのいたころを妄想なんてね。
そういえば、喫茶店「ミルク」や、よく豚丼を食べたお店なんかも、行ってみたい気がする。
とはいうものの、それらのお店は、みゆきさんのファンには良く知られたお店なので、今更凡が行くのも、どうにも恥ずかしい。
昔のみゆきさんを追いかけるべきでないと思っている凡も、追っかけてしまいたくなるのが、ここ北海道の魔力である。
そんなことを考えていると、ある地名が頭に浮かんだ。
「岩内」(いわない)だ。
まず、今までに行ったことのない土地だ。
それに、岩内は、みゆきさんが、5歳から11歳までを過ごした土地だそうだ。
今から、岩内まで行って、また戻ってくることができるのか。
北海道神宮のベンチに座って、アイフォンで検索をする。
大丈夫だ。
よし、岩内へ行こう。
決まった。
急いで札幌駅まで戻る。
そして、札幌のバスターミナルへ行って、往復のチケットを購入。
それと、バスの中で食べるおにぎりなどを買った。
さて、岩内へは、今からだと11時55分発のバスに間に合う。
それで行くと、岩内のターミナルには、14時28分に着く。
およそ2時間半のバスの旅である。
やっぱり遠いね。
岩内からの帰路は、15時45分もあるが、少し勿体ないか。
その次は、16時45分の便だ。
これなら、2時間あるので、少し岩内を感じる時間もあるだろう。
バスに乗り込むと、乗車率は50~60パーセントぐらいだろうか。
途中で乗り降りする人がいるので、思ったより乗客がいる。
バスは、小樽、余市と通り越して、海沿いの道や、山を抜ける隧道を走っていく。
途中から、雨も降りだしたが、果たして岩内はどうなるのかと、空を見上げるが、距離感が解らないので、どうなんだか。
乗る前は、2時間半は長いなと思っていたが、それでも、いつの間にか、岩内のバスターミナルに到着。
岩内に入って思ったことは、意外と人の住む街なんだということだ。
これだけの人が住んでいるのに、わざわざ鉄道を廃止するなんてさ、これで平等なんて言えるのかな。
これじゃ、地方に住む人いなくなるよ。

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(岩内のバスターミナル)
岩内のバスターミナルのあるところは、1985年までは、岩内線の駅舎があった場所だ。
まずは、岩内の港へ歩いてみた。
みゆきさんの歌の「シーサイド・コーポラス」は、こんな港の近くにある家をイメージしたのかなと、みゆきさんの小学生時代と、今の目の前の風景とを、想像で重ね合わせて、センチメンタルになる。

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港も、今は静かな時間が流れていた。
右の遠くに見えるのは、泊の原発なのだろうか。
バスターミナルに戻って、停まっていたタクシーの運転手に、「岩内に、みゆきさんに縁のある場所はありますか。」と尋ねた。
すると、「そういえば、むかし、住んでいたって聞いたことがあるなあ。」と、詳しいことは知らないようすなので、タクシーを利用して、連れて行ってもらう作戦は諦めた。
さて、この岩内という場所に降り立っただけでも、凡は満足である。
かつての、小学生のみゆきさんは、間違いなく、この周辺で、駆けまわったり、友達と遊んだりしていたんだ。
だから、ただ立っているだけで、嬉しいんです。

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(バスターミナルの近くの道)
でも、少しだけネットで得た情報をもとに、町内を歩いて見よう。
まずは、「岩内協会病院」へ向かって歩く。
ここは、みゆきさんのお父さんが、岩内にいるときに勤めていた病院だ。
緩やかな上り坂を上がっていくと、15分か20分ぐらいで、大きな病院の建物が見えた。
ただ、その当時からは、建て直されているし、みゆきさんじゃなくて、お父さんだものね。
そこまでの感慨は、湧かなかった。

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(昔の建物とは違うだろうけれど、みゆきさんのお父さんの勤めていた病院)
さて、みゆきさんは、この岩内で小学生時代を過ごした。
なので、小学校には行ってみたい。
他に思いつくところも無い訳だし。
アイフォンのマップで、小学校の名前を打ち込んで、ルートを確認。
歩いても行けそうである。
とはいうものの、これが思ったより遠かった。
今思えば、ターミナルからタクシーを使えばよかったかな。

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(みゆきさんの小学校へ向かう途中)
25分は歩いただろう。
というか、知らない土地で、知らない場所に向かって歩くので、気持ちは、いくら歩いても着かないなあという感じなのである。
ただ、歩いて行ったので、その分、感慨もひとしおである。
この辺りを、小学生のみゆきさんが歩いたかもしれないと思うとね。
あの山を、ランドセルを背に、立ち止まって見ていたかもしれない、この道端の花を摘み取って髪に飾ったかもしれない、小さなみゆきさんがランドセルを左右に振りながら駆け足で家に帰る姿を想像したら、胸がキュンとなっちゃった。
それにしても、岩内という場所は、都会から置き去りにされた寂しい街である。
凡が訪れた時は、今にも雨が降り出しそうな重く暗い雲が、山の中腹まで降りて来て、あたり全体が、ズシリとした湿ったような空気が、よどんでいた。
そのせいか、凡は、何とも言えない恐怖のこころで、小走りに、みゆきさんの小学校に向かったのです。
岩内は、昔は非常に栄えた街だったのですが、今は、ひっそりと息を凝らしているような港町である。
誰もいない港と、重く暗い山に挟まれて、広く低く住宅が、だらだらと散らばっている。
大きなビルディングがないせいで、空というか街の空間が広い。
詰まりは、街の中で、自然の大きさを感じるのである。
凡は、そんな自然が怖くて仕方がない。
広く大きな自然の中に、ポツンと立っているのが怖いんです。
たとえ、それが人家のある人間の住む集落でも、である。
人間では、どうすることも出来ない大きな存在を感じるのです。
広く低く広がる、誰もいない道に立っていると、その街が、まるで異次元の別の世界に、誰にも気づかれずに、凡だけがスリップしてしまいそうな感覚。
そんな異次元から、帰ってこれない恐怖。
パラレル・ワールド。
この道端の、ちょっとした空間に、魔界への入口があって、ひょこっと、そこに入ってしまったら、もう抜け出せなくなってしまう、そんな空間の裂け目があると、心から怯えているる凡がいる。
或いは、みゆきさんも、子供心に、そんな恐怖を感じたのではないだろうか。
だって、こんな場所で、夜になったら、もう怖くて歩くこともできないよ。
途中、岩内神社と呼ばれる神社があって、かなり立派な鳥居が立っていた。
これだけ立派な鳥居があるということは、相当由緒のある神社ではないだろうかと思ったが、先を急ぐので、通り越した。
そうして、ようやく目的の「岩内町立岩内西小学校」に到着。
ここに、みゆきさんは通っていたんだね。

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(小さなみゆきさんが、ここにいたんだなあ。)

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(校舎の裏。こんなところで、走り回ってたのかな)

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(校舎の裏の風景)
校舎の裏側には、グラウンドがあった。
ここを、みゆきさんは、かけっこしていたのかもしれない。
小学校の中に入ることはできないので、ここで、みゆきさんの過去を追う散策は終了した。
もし、タイムスリップ出来るなら、みゆきさんのいた時代にスリップしたい。
そうして、小学生のみゆきさんに会いたいな。
凡は小学校のみゆきさんに近づいて行って言うよ。
「みゆきちゃん。よく聞いてね。今から言う名前を憶えてね。そして、大人になるまで絶対に忘れちゃダメだよ。いいいかい。その名前はね、、、『たいらぼんぞう』。いい?ちゃんと覚えておいてね、その名前の人が、みゆきちゃんの運命の人だよ。」ってね。
そして、凡とみゆきさんは、数十年を経て、巡り合うわけだ。
みゆきさんが、凡の名前を見て叫ぶよ。
「あ、運命の人!」
そんでもって、凡とみゆきさんは、結ばれるんだね。
めでたし、めでたし。
って、凡もよっぽど、アホやね。
それにしても、みゆきさんは、この岩内のどこに住んでいたんだろう。
詳しく調べたら分かるのかもしれないけれど、凡は知らない。
なので、終了。
さて、あと少しだけ時間がある。
なので、「岩内町郷土館」へ行ってみよう。
みゆきさんの情報もあるかもしれない。

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(郷土資料館)

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(資料館の内部)

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(夏目漱石は、本籍が岩内にあった。理由は長くなるんで割愛)
ということで、またもやアイフォンのマップで、郷土館まで移動。
中に入ると、館長さんだろうか、案内しようかと、おっしゃってくださった。
折角のお言葉なので、帰路のバスの時間があるのでと、短めにお願いをした。
この岩内町は、ニシンでも栄えた街だそうです。
そして、郷土館の中の資料も、そのニシン漁関係のものが多い。
今は、人口も少ないけれど、昔は東京よりも、人口密度が高かったそうです。
ただ、昭和29年に、台風による大火災があって、街の80パーセントが消失してしまったそうです。
水上勉さんの「飢餓海峡」では、その当時の岩内の大火災も題材の1部に取り入れているそうだ。
ふと、陳列ケースを見ると、その大火災から2年後の、昭和31年の岩内町の各家の地図があった。
館長さんの話を聞きながら、凡は指を折った。
みゆきさんが、岩内に居たのは5歳からだとすると、岩内に越してきた年よりも、1年か2年前の地図ということか。
ということは、みゆきさんの家も無い道理である
少し残念。

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(昭和31年の地図。みゆきさんの家は載っていない)
さて、帰路のバスの時間もあるので、館長さんにお礼を言って、バスターミナルに向かって、早足で歩く。
バスターミナルの前にある道の駅で、小さなパンを買って、バスに乗り込む。
16時45分発。
帰路のバスも、何故かそれほど長くは感じなかった。
ただ、岩内町へ行った満足感に浸りながら、車窓の風景に見とれていた。
さて、これからだけれど、札幌で泊まるのも良いけれど、昨日の夜に、ブラブラと歩いて、ある程度、納得がいった。
明日、また札幌を楽しむのであれば、札幌泊も良いだろうけれど、朝から移動する予定なら、少しでも先に進んだ方が良い。
それに、まだ降りたことのない駅で、泊まるのも面白そうだ。
それに何より、青春18きっぷの期限が今日までである。
少しでもJRに乗って、元を取ろう。
ということで、苫小牧まで移動することにした。
バスの中で、ホテルを探す。
駅に近いと言うことと、値段で、「東急イン苫小牧駅前」に決めた。
税込み、6804円。
バスが札幌のターミナルについたら、コインロッカーから荷物を取り出して、青春18きっぷで改札を通過。
ホームに駅そばがあった。
これは、食べなきゃであります。
きつねそば。360円。
黒い汁を見ると、北海道も関東の味なんだなあと思う。
濃い口しょうゆを使っているのだろうか。
出汁は、旨味は少なく、甘い。
これもまた、北海道の味だと思うと、美味いんだよね。

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札幌から、電車に乗り込み、北広島で乗り換え、苫小牧に移動。
21時過ぎ、東急ホテル苫小牧駅前にチェックイン。

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部屋は、普通のタイプで、昨夜は、やっぱりグレードアップされていたんだなと思った。
でも、今日の部屋も、1人なら十分に広く、ベッドもセミダブルなのだろうか、ゆったりとしていて、寝心地が良さそうだ。
それに、清潔だし、色んな点で気配りもある。

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さて、夜も遅いので、夕食でも食べに出よう。
フロントで聞いた繁華街へ歩いて行く。
ふと空を見ると、王子製紙の工場から、煙がもうもうと吹き出ていた。
おそらくは、水蒸気だろうけれど、真っ暗な夜中に、白く流れ出る煙を見たら、これで良いのかと、根拠もなく感じた。

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(暗闇の中に、白い煙)
さて、教えて貰った繁華街へ行くと、地方の繁華街によくある感じで、兎に角、人がいない
なので、繁華街と言えるのかということだけれども、そこはやっぱり、夜の街であって、言うなれば、繁華街ということになるのだろう。
軒の下のクリスマスツリーに飾るような電飾が、チカチカしているのが旅情を掻き立てる。

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(繁華街)
さて、どのお店に入ろうか。
繁華街を1周して、また入口に戻ってきたら、魚が売りの居酒屋のようなお店があって、年配のオジサンが、呼び込みなのか入口近くにいた。
中を覗くとオジサンが、店内に案内した。

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最近、よく見かける水産会社風のお店で、仕切られた座敷と、カウンターがあった。
カウンターは、ビールケースを利用したもので、雰囲気を演出している。
さて、カウンターに座り、メニューを見て、「シマッタ。」と思った。
値段が、総じて高い。
1品1000円を超える料理も多い。
とはいうものの、もう座ってしまったのだから仕方がない。

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注文したのは、カキフライ、800円。(3ピース)
ホッキ造り、700円。ザンギ、600円。
それに、これは美味しかったのですが、大漁ごっつ盛り、1500円。
ネタが、3重に寿司飯の上に乗っかっている。

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それに、お酒は、クラシック×2杯。瓶ビール1本。
それから、地酒の国稀「佳撰」×1杯。
以上で、6837円だった。
メニューを見ながらも、高いなと思うのだけれど、河岸を変えるのも面倒くさい。
それに、例のオジサンが、凡の話に付き合ってくれる。
凡が飲んでいる横について、お酒の話や、最近の景気など、いろいろ話してくれるので、間ももって、1人で飲むには、寂しくない。
結局、ゆっくり飲んで、ホテルに帰った。
そして、シャワーをして、ベッドに半横になり、明日の移動のことを考える。
苫小牧から八戸までフェリーがある。
しかも、5000円と、すごく安い。
朝の05時00分発なら、八戸に13時20分に着く。
でも、今、ベッドに横になったのに、05時のフェリーは、ないだろう。
その次は、09時30分で、ちょうど良いけれど、当日で乗れるのかどうなのか。
今から思えば、夜の23時59分発というのもあった。
これなら、5000円で、移動と宿泊の両方が賄えたんだね。
と、フェリーを検討したけれども、苫小牧の駅から、特急で新函館北斗駅まで移動して、そっから新幹線で八戸まで移動することにした。
楽だしね。
それに、新幹線で、青函トンネルを越えてもみたかったから。
それから、目的地を八戸にしたのは、まずは「キリストの墓」に行ってみようと思うからであります。
さて、明日は、兎に角、移動の日になりそうです。

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平 凡蔵。へのファンレターや
       お褒めの言葉は
sansanpopo@tairabonzou.jp
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コメント

  1. ゆけむり より:

    ホテルに朝食で炊き込みご飯が後から出ましたか?
    それは残念でしたね
    実は仙台から戻ったばかりなのですが、自分の場合朝食が付くのは良し悪しのような気がしてきました
    抑えなくっちゃと思っていても、ついつい美味しくて食べちゃう
    するとお昼に名物をあまり食べれないという、いつもと同じ轍を踏んじゃうんですよね・・・
    学習能力が全くありませんね(笑)
    おっ、岩内に行かれたんですね
    かつては奥尻島へのフェリーが出ていた街ですよね
    10数年前に訪れ、ウニやホタテなどを食べた記憶があります
    今宵の宿は苫小牧に決められたようですね
    ホッキ貝が有名ですよね
    水産会社風のお店に入られたようですが、総じてお値段が高かったようですね
    苫小牧だったらもうちょっとお安くても良いような気もしますが、大漁ごっつ盛りは食べ応えバッチリって感じですね
    苫小牧からフェリーで行くのかと思いきや、新幹線で八戸に行かれたんですね
    青函トンネルを新幹線で越える、凡蔵さんの旅のこだわりが感じられますね!

  2. 凡蔵。 より:

    ありがとう、ゆけむりさん。
    そうそう、炊き込みご飯ですよ。
    私は、炊き込みご飯が好きなんですよね。
    しかも、ちょっと濃いめの味付けのが好き。
    料理を取りに行ったときに、炊き込みご飯のプレートがあるなと思っていたんですが、白ご飯しかなかったんです。
    でも、炊き上がり時間前だったんですね。
    とはいうものの、白ご飯も好きなので、ちょっぴり残念と言う感じでしょうか。
    それから、岩内は、ゆけむりさんも行かれたことがあったんですね。
    その当時と今は、どう変わっているのか、興味深いところですが、私が行ったときは、
    食べるお店も少なかった感じでした。
    でも、温泉があるようで、安い値段で宿泊もできるようです。
    ちょっと気になったのですが、今回は、最終に大阪に帰る日が決まっていたので、諦めました。
    それから、苫小牧は、あのあたりは、ホッキ貝が有名だそうですね。
    それは、翌日に駅弁を買ったときも、店員のお姉さんが、オススメと言ってました。
    でも、ちょっと高めですよね。
    とはいうものの、それはオーナーさんの経営方針だから仕方がないですけれど、もうちょっと安かったら、もっとハヤルのにと思ってしまいます。
    私が行ったときは、閉店近くだったせいと、この街全体のお客さんが少ないのとで、ガラガラでした。
    呼び込みのオジサンがいなかったら、入らなかったかもでした。
    苫小牧から八戸行きのフェリーも、たぶん、そんなに混んでいないだろうと想像できるので、快適だっただろうと思うのですが、今回は、初の北海道新幹線に乗車を選びました。

  3. 凡蔵。 より:

    (続きです)
    それから、ゆけむりさんも、仙台に行って来られたとのこと。
    仙台も良い街ですよね。
    それと、朝食。
    それは、大いに肯けます。
    特に、朝食がバイキングなのが、問題なんですよね。
    ついつい食べすぎて、お昼になってもお腹が空かない。
    んでもって、お昼を3時ごろ食べることになって、ランチの時間帯が過ぎてしまう。
    なので、町によっては、お店が閉まってる時もあったりして。
    出来るなら、朝食は、あらかじめセットされた和朝食とか洋朝食の方がありがたいです。
    でも、奥さんと一緒の時は、好き嫌いが激しいので、バイキングになってしまうんですけれどね。

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