平 凡蔵。の 創作劇場

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散散歩歩。(705)アイライブユー・ほたえてくれ!みゆきさーん。(246)

今日、起きて新聞を開いてみると、そこにみゆきさんの広告が掲載されていた。
夜会Vol。19「橋の下のアルカディア」の事務局先行販売のお知らせだ。

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(9月4日の朝日新聞に掲載された広告)
少しボンヤリとしていた凡の頭だったが、途端に目が覚めた。
新聞だから、白黒で荒いけれども、そこには美しいみゆきさんの写真がある。
あと3か月したら、みゆきさんに会えるんだな。
先日、凡のブログにコメントを頂いた「うかえぶた」さんの話によると、みゆきさんは、新たな情報として体操クラブに入っていたという。
みゆきさんが陸上部だったという話は、凡は腰を抜かすほどビックリしたのでありますが、今回の、みゆきさんが体操クラブに入っていたという話は、腰を抜かして、崩れ落ちて、起き上がれません。
陸上部だったというのは、凡の想像を遥かに超えていた。
でも、トラックを、汗をかきながら走る、そのみゆきさんの姿は、何となく妄想であればイメージ出来そうである。
腕を直角に曲げて勢いよく降って走る。
もう限界だと思うけれど、それでも意思のチカラでそれを我慢して走り続ける。
下顎に力が自然に入って歯を食いしばる姿に、見ている人は胸が焼けそうな思いになる。
「ガンバレ」そう心の中でみんなが叫ぶ。
男の子だったら、その「ガンバレ」が「好きだ」という思いと重なるのかもしれない。
コーナーを回ってゴールしたときの荒い息遣い、額の汗、そしてホットした表情。
それらは、凡の少ないみゆきさんのイメージからでも、想像で作り上げることが出来る。
走ることは、身体を動かすと言う点で、1番シンプルな行為だ。
なので、みゆきさんが走っても、それは違和感がない。
でも、体操は少し違う。
身体を動かすという点では、走ることと同じだけれども、そこに表現するという要素が加わるのである。
平均台の上でポーズをとる。
そして、あの細い棒の上で、飛びあがって、また棒に着地。
静と動。
緩と急。
それは、表現そのものだ。
表現とは、見せることを目的とする。
そして、見られることで自分を開放する。
その開放は、ある人にとっては、快感に繋がるものである。
みゆきさんも、体操クラブで、見られることに快感を覚えていたのだろうか。
平均台に限らず、床や段違い平行棒など、見られると言う点においては同じだ。
床だって側転をしたり、或いは、高校生のその当時の体操が、どのくらいのレベルなのかは知らないけれども、バク転とか、もっと高度な技をやっていたのかもしれないと思うと、これは、もともと身体能力が優れた人でないと出来るものではない。
と言うことは、陸上部もそうだけれど、体操クラブに入っていたということは、みゆきさんは、身体能力が、人より優れているということだろう。
身体的にも、優れた遺伝子を、みゆきさんは持っているのである。
それにしてもだ、体操と言うと、レオタードだ。
その当時の体操クラブが、レオタードを着ていたのか、普通の授業を受ける時の体操着なのか、どうなんだろう。
もしもだ。
もしも、レオタードなら、気が触れてしまう。
♪♪ チャンチャララ、チャンチャララ、チャンチャララ ♪♪
(説明すると、このチャンチャララは、阿波踊りを踊っている様子なのであります。)
凡は、阿波踊りを踊ってしまうだろう。
みゆきさんのレオタードである。
これは、もう想像しただけで、気が触れてしまっても仕方なかい。
それは、可愛くて、美しくて、愛おしくて、どうしようもないぐらい、素敵に違いないのである。
であるがゆえに、凡はみゆきさんのレオタード姿を想像はしたくないのである。
想像したいけれど、想像したくない。
体操というと、さっき書いたように、見られることを前提とする。
詰まりは、レオタード姿のみゆきさんを、見ることで人は、その演技を評価する。
演技は、完璧だろう。
そして、レオタード姿も完璧だ。
或いは、その時、みゆきさんは、見られることで、快感を感じていたかもしれない。
そんな素敵なみゆきさんのレオタード姿を見たら、全員、みゆきさんの虜になってしまう。
それが、女性だったら、これはいい。
でも、男性も、みゆきさんのレオタード姿を見る。
これは、許しがたい。
みゆきさんのレオタード姿を食い入るように見る男子高校生、そして教師、そして観客、そして、そして、そして、、、。
みゆきさんのレオタード姿は、誰にも見られたくはないのである。
なので、みゆきさんのレオタード姿を想像すると、そんな男性の目も、想像の片隅に登場してしまうのである。
凡の、みゆきさんの想像の中には、他の男性は現れてはいけない。
それなら、みゆきさんのレオタード姿を、想像しない方が、よっぽどか、ましだ。
どうも、ヒネクレタ考えの凡である。
それに、もし、みゆきさんの体操着が、レオタードでなくて、普通の体育の授業の体操着であっても、これは最高に美しいに違いない。
より、みゆきさんの清楚さが強調される。
そんな普通の体操着もまた、マニアには垂涎ものである。
いや、凡は、そういう趣味はありません。
いや、ほんと、そんなマニアではないのでありますことよ。
ただ、普通の体操着を着たみゆきさんも、これは、美しいに違いないのではあります。
モントリオールのオリンピックで金メダルを取ったコマネチの登場が、5年ほど早かったら、高校生のみゆきさんが、みんなの前で、「コマネチ」ってやって、みんなを笑わせていたのかもしれないな。
それは、少し想像したい絵ではある。
コマネチの方が、たぶん、みゆきさんの体操クラブの時期より、後になるのじゃないかな。
惜しかったな。
というか、コマネチをしたみゆきさんを、みんなに見られるのも、これは悔しいから、やらないで良かった。
今回、みゆきさんが体操クラブだったという話を聞いて、ネットなどで調べました。
みゆきさんのことを、詳しく書かれている人がいるものだなあと思った。
そんな、みゆきさんに書かれたことを読んでいると、みゆきさんの若いころの恋愛のことも読んでしまうことになる。
読もうと意図しなくても、話の流れで書いてあるので読んでしまう。
これが、嫌なんだな。
たとえ昔のことでも、みゆきさんの恋愛については、知りたくない。
なので、みゆきさんについて、調べ始めたけれども、また検索するのを止めた。
それにさ。
凡は、みゆきさんを好きになったのは、最近だ。
なので、最近のみゆきさんが好きなんだ。
だったら、今のみゆきさんを、この身体で、この脳で、この五感で、このイメージで、この波動で、感じれば良い。
それだけで、良いのである。
今年の年末にある、夜会「橋の下のアルカディア Vol.19」。
これは、正しく今のみゆきさんに合える訳だから、これからは、兎に角、この年末の夜会に向けて、走る訳なのでゴザイマス。

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