平 凡蔵。の 創作劇場

恋愛ストーリーや、コメディタッチのストーリー、色んなストーリーがあります。
どれも、すぐに読めちゃう短編なので、読んで頂けたら、うれしいです。

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散散歩歩。(294)アイラブユー・ほたえてくれ!みゆきさーん。(60)

東長寺を出て、少し歩くと「博多町屋ふるさと館」がある。

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博多の祭りや暮らし、伝統工芸などを紹介しています。
ボランティアの方も無料で説明をしてくれるようで、時間があれば楽しい施設だ。
ただ、凡は早足で見てまわる。
ふるさと館を出ると、すぐ近くに櫛田神社がある。
ちょうど凡が行った時は節分の前だったので、入り口に大きなおたふくの飾りが鳥居いっぱいに飾られていた。

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何となく、みんな笑顔で鳥居をくぐっていた。
「お多福さんにたべられちゃうー。」なんてね。
境内には「霊泉鶴の井戸」という地下水が湧き出るところがあり、飲むと不老長寿の霊験があるという。

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もちろん、長生きしたいし、元気でいたいから、飲みました。
やや塩気があるような、鉄っぽいような、美味しいとは言えない水だった。
でも、あまのじゃくな凡は、本当だろうかって思う。
本当に不老長寿に効くのなら、博多に病院はいらないだろうし、年寄りばかりの街になっちゃう。
他の県からも水を飲みに来て、干上がっちゃうよ。
こんな考えじゃ、効くものも効かないか。
しかし、どうもね。
最近は、いろんなお寺や神社で、ラッキーアイテムみたいに、お地蔵さんや、キャラクターのようなオブジェを作って、来る人に拝ませようとする行為が流行っている。
この井戸の水のように、古い言い伝えは仕方がないとして、新しくご利益があるというオブジェを作る、その神経
は、凡には理解できない。
この井戸にも、霊験あらたかであるということを声高らかに説明をしている。
人が祈る、拝む対象を作るというのは、そうとうの覚悟がなくちゃ出来ないよ。
祈る人は真剣だものね。
愛する人の不治の病気を治してほしいとか、どうにもならない苦境を救ってほしいとかね。
その真剣なこころの叫びを、そのオブジェや、この水の説明を書いた人は、受け止めることができるのですかと問いたい。
とはいうものの、こういうものがあると、飲んでみちゃう。
まあ、凡もいいかげんだからね。
福岡へ来て感じたのは、韓国や中国の観光客が多いなということ。
釜山からなら船でも近い。
櫛田神社の境内には、おみくじの箱が置いてあって、日本語以外にも、英語、韓国語、中国語、台湾語のおみくじを売っていた。

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民間レベルでの国際交流は、どんどん高めて深めていきたいですね。
櫛田神社を出て、川端通りの商店街をぶらぶら歩いてみた。
最近は商店街というものが少しずつさびれていくなかで、ここ川端の商店街は、まだまだ元気な商店街で、歩いていて楽しい。
買い食いなどをして歩きたいところだけれど、みゆきさんのコンサートの開演時間が頭にあるせいか、ゆっくりもできず地下鉄の中洲川端駅から、ホテルに一旦チェックインすることにした。
博多グリーンホテルアネックス。

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部屋に入ると、モダンな感じで、ホテルを諦めていた凡には、十分に快適だ。

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洗面もアメニティが揃っている。
バスも、翌日の朝に使ったのですが、シャワーのお湯の勢いもいいし、バスタブの底が滑りにくくなっているので、安心感があった。
それに、今回は禁煙室が確保できずに、やむなく喫煙室だったのですが、それほど匂いもしなくて、何より加湿付き空気清浄器が置いてあることが有難かった。
これは、いいホテルに当たったなと思って、カーテンを開けたとたん、腰が砕けてしまった。

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これはいけない。
これは、どうもだめだ。
ベッドの横が窓になっているのだけれど、そのベッドの高さと窓の枠の高さが、ほぼ同じなのだ。
しかも、窓はというと、どうも、どうにか操作をすれば、開きそうだ。
これは、寝てはいられないだろう。
ベッドと窓の枠の高さが、ほぼ同じなのですよ。
もし、寝ている間に、寝返りを打ってね。
もし、足が窓の留め具に当たったりしてですよ。
じゃ、窓が開いたりするじゃないですか。
そんでもって、もし、ゴロンと寝返りでも打ってしまったとしたらですよ。
どうなりますか。
開いた窓に足がスポンとはまってしまうじゃないですか。
そして、ズルズルと足から窓の外にズレていくよ。
気が付いた時は、もう胸のあたりまで窓の外に出ちゃっている。
あとは、時間の問題だ。
腕の力のない凡は、窓枠を持つのが耐え切れずに、ストーンと落ちちゃうじゃない。
そんな危険と隣り合わせで、果たして眠ることができるのだろうか。
そんな危険なベッドでみる夢は、きっとアクション映画だろうね。
もう、崖から落ちる夢とか、吊り橋から落っこちる夢とかね。
そんでもって、凡は片手で崖につかまっているんだけれど、もう一方の手は、みゆきさんをつかんでいる。
ここで映画なら、片腕でみゆきさんを、ぐいっと上まで持ち上げて助けるんだけど、凡の夢の場合は、崖をつかんでいる手を放して、「みゆきさーん。」なんて、抱きしめちゃう。
そんでもって、崖の下に真っ逆さま。
落っこちながら、みゆきさんに叱られるんだ。
「あれー。何で崖の手を放しちゃうのよー。バカー。」
それがまた、ちょっと嬉しい。
落ちて地獄に行くまでの、ほんの瞬間の極楽。
どうにも、凡には落ちることが運命であるようであります。
さて、窓はカーテンを閉めて、そろそろ、みゆきさんのコンサートに向かおうか。
もうすぐ、会えるんだね。

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