平 凡蔵。の 創作劇場

恋愛ストーリーや、コメディタッチのストーリー、色んなストーリーがあります。
どれも、すぐに読めちゃう短編なので、読んで頂けたら、うれしいです。

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散散歩歩。(104)イノダのコーヒー。

京都には素敵な喫茶店が多い。
鴨川を渡る風に少し冷気を帯びてくるころになると、暖かい喫茶店でマシュマロを浮かべた甘いココアが飲みたくなる。
学生時代に行ったお店にも行ってみたい。
とはいうものの、いつも決まった喫茶店に行ってしまう。
京都へ行ったら、行ってしまう。
♪三条へいかなくちゃ。
三条堺町のイノダっていう
コーヒー屋へね
あの娘に逢いに
なに好きなコーヒーを少しばかり♪
(高田渡さん コーヒーブルース)
イノダは本店もいいけど、三条支店が好きだった。
広い店内の奥にドーナツ状のカウンターがあって、そのドーナツの中で年配の男性がコーヒーを淹れている動きを見ていると、京都の老舗の熟練を感じる。
広い店内の奥にポツリと存在する空間。
その雰囲気が好きだった。
好きだったと過去形なのは、今は手前のスペースも喫茶スペースに変わってしまって、好きだった雰囲気がなくなってしまった。
ドーナツのカウンターはあるのだけれど、特別な空間を感じなくなった。
そしていつも行ってしまうのは、堺町の本店だ。
入り口を入るとベージュ系のホワイトの椅子とテーブルが並んでいる。
ホテルのレストランを思わせる上等な空間が広がるその雰囲気は、大人のスペースであることを入った瞬間に感じるが、堅苦しさはない。
作家の池波正太郎さんも、京都へ来たらよく立ち寄ったそうです。
凡は禁煙席を希望したので、その奥の左から入る部屋へ案内される。
ここはイノダの昔からある建物で深い赤のビロードの椅子に、落ち着いた木の温もりを感じる昭和初期の洋風な作りになっている。
さて、いつもはコーヒーにサンドイッチやたっぷりの白砂糖を乗っけたフレンチトーストを頼むのですが、今日は来る前から食べたいと思っていたものがあるのです。
イタリアンスパゲッティ。800円

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ピカピカの重量感のある器に盛られたスパゲティーは、トマトケチャップじゃなくてトマトソースを絡ませているので、普通の喫茶店より味にまろやかなコクがある。
それに何より麺が凡の好みに柔らかく茹でてある。
麺はこうでなくちゃいけません。
麺は柔らかいのが美味しい。
アルデンテなんて美味しいですか?
イタリア人ちゃういうねん。
ミニボンは、フルーツサンド。650円

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たっぷりのクリームにフルーツが挟んであって、これもボリューム満点だ。
そして、コーヒー500円×2杯。
凡とミニボンが、無言でコーヒーを味わっていると、80歳を過ぎたであろう年配のご夫婦がお互いの足を気遣うように、手を取り合ってゆっくりと入ってきた。
奥さんは抑えた紫の帽子をかぶり、上質の生地の温もりのあるワンピースを着ている。
80歳を越えて夫婦そろって、京都のイノダでコーヒーなんて素敵ですね。
凡もミニボンも、80歳になっても健康で、このご夫婦みたいにイノダでコーヒーといければいいのになあ。
と思っていると、凡の後ろのテーブルに座った80歳の奥さんの声が聞こえてきた。
「そんな事する人は病気やで。この前テレビでやってたわ。病気やわ。そんな細かい事する人病気やわ。」少しばかり責めるような口調で奥さんはご主人に言っている。
その声に振り返ると、ご主人がおしぼりでテーブルクロスを縦横に熱心に拭いている。
そして、奥さんのその責めるような言葉に、半分愛想笑いで半分苦笑の笑みを浮かべながら何度も首を大きく縦に振っている。
しかし、その頷きは決して奥さんのいう事を受け入れている訳ではないことは誰が見てもはっきりとしていた。
「早く、この話終わってくれへんかなあ。別にテーブル拭いてもええやん。」
凡にはご主人のこころの声が聞こえてきた。
80歳になっても、夫婦とは大変なものであります。
そんな切なさを感じながらコーヒーを飲んでいると、また奥さんの声が聞こえてくる。
「3切れやで、たった3切れやん。私が食べたげるがな。こんなん、ほんのちょっとやで。
3切れやん。食べられるわ。食べられへんかったら私が食べてあげるやん。もう、早よしてや。」
また少し責めるような口調だ。
奥さんはテーブルの上に置かれたオススメメニューのビーフカツサンドイッチを食べたいようである。
後ろのテーブルを振り返ってみると、ご主人が、さっきのままの微苦笑で、大きく何度も何度も頷いている。
そして、小さな小さな声で「、、、。こっちのサンドイッチも、、、、、。」他のものを注文したそうな素振りを見せている。
すると奥さん「3切れやで。たった3切れ。」また責めるようだ。
凡はそれを聞いていて、またまた切ない気分になった。
凡はご主人の気持ちがよく解るというか、多分こう考えているのに違いありません。
折角だから2人違うメニューを注文して、半分ずつにして2つの味を食べてもいいな。
それに、今はもう5時まえやし。
1つ注文して半分ずつしても、いいんちゃうかな。
今、そんなに食べたら晩御飯食べられへんようになるやん。
晩御飯どうするんやろ。
そやけど、今そんなこと聞かれへんし、困ったな。
多分、ご主人はそんなことを考えているのだろうと思うのであります。
凡はカップに残った最後のコーヒーを飲みほして、ため息をついた。
80歳になっても夫婦とはつらいものだ。
凡も80歳になってイノダで首を大きく縦に何度も振ることになるのだろうか。
そう思って、ミニボンを見た。
とはいうものの、80歳まで生きられたら、それだけで幸せというものでありましょうか。
ただボケていないことだけを願おう。
後ろのテーブルにビーフカツサンドイッチが2皿運ばれたのを確認してイノダを出た。
そして、このご夫婦の2時間後の会話を想像した。
「晩御飯どうする?」
「何言ってるの。さっきイノダでカツサンド食べたやん。もうお腹いっぱいになったやろ。3切れも食べたんやで。3切れも。晩御飯いらんやん。」
そして、大きく頷くご主人の姿が悲しかった。

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コメント

  1. oriver より:

    このナポリタンとフルーツサンドはそそられますわぁ♪
    老舗の喫茶店って感じでしょうか。雰囲気ありますよね。またそこに居合わせた老夫婦の存在もドラマですね(*^_^*)

  2. 凡蔵。 より:

    ありがとう、oriverさん。
    むかしながらの味っていう感じですよね。
    老夫婦は、ほんの少しの時間を隣のテーブルで過ごさせていただいたのですが、何か二人の毎日が見えてきそうでした。
    でも、二人そろって健康で喫茶店に行くなんて、ちょっといいなと思いました。

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