「と、と、と、、、。」
「と、と、と、とり、とり、、、。」
「と、と、と、トリウム???」
守口の京阪百貨店のエスカレーターの横に貼られた広告のポスターのブランドの名前が読めない。
「これ何て読むんやろ。」ミニボンに尋ねた。
「トリンプやん。」
これでトリンプと読むとは、ビックリだ。
勿論、トリンプというブランドは聞いたことはあるが、それほど興味もなかったのだろう。
どんな綴りかなんて考えたことがなかった。
Triumph
どう読んでもトリンプとは読めない。
勿論、どこかの国の言葉だろうから、ローマ字読みをしても、正解の発音にならないのは解るのですが、余りにも違いすぎる。
これは、誰でも感じていることだと思うのが、子供のころから英語をもっと勉強していれば良かった。
高校や大学時代でも、やっぱりその必要性を感じて、いろんな英会話の本やテープなどを買って挑戦したけれども、いつもギブアップして終わってしまった。
英語が話せれば、カッコいいんだけどなあ。
「ヘイ、レイディー。」
なんて、サラサラロングヘアーのアメリカの女の子に声を掛けられたかもしれない。
英語が出来ないという、その元凶は小学生のローマ字教育にあるんじゃないだろうか。
日本語の音韻をアルファベットに置き換えるという作業を一所懸命に練習したお蔭で、アルファベットを日本語の音韻で読む癖が付いてしまったようだ。
小学生の時に、今もあるのか知らないのだけれど、4本の線が入っていて、下から2本目が赤い線のアルファベットの練習用のノートがあった。
凡はその線に、削りたての鉛筆で、きっちりとアルファベットを書くという作業が好きだった。
白い蛍光灯の下で、かじった鉛筆の木と塗料の香りに、まだ知らない外国の文化を感じながら、線からはみ出さないように、大文字と小文字の練習をしていた。
小学生にとって、アルファベットを書くということは、すごく大人になった気持ちがしたものです。
その後、中学生になってから、英語を勉強するようになったのだけれど、もうその時にはアルファベットを日本語の音韻で読む癖に洗脳されていた。
これからの国際時代を乗り切るためには、ローマ字は一番後に教えてもいいんじゃないだろうか。
小学生の1年生ぐらいで英語を教えればいい。
もう、直接、英語から入るべきなんです。
ローマ字は高校生になってから、やればいい。
小学生に教えちゃ駄目だ。
文部省の偉いさんは、この凡を見てほしい。
今でも、ルイヴィトンというアルファベットを見ると、心のなかで「ルイスビトン」と言っている自分がいるのです。
勿論、ルイヴィトンであることは、いくら凡でも知っています。
でも、あのアルファベットを見たら、ルイスになっちゃう。
エルメスもそうだ。
ココロの中で一度、「ヘルメス」と言ってから、それをまた、頭の中でエルメスに変換して、然る後に、エルメスと発音しているのであります。
疲れる。
アルファベットのブランド名が氾濫している現在、この作業を頭の中で繰り返すのは、疲れる。
こんな被害者を出さないためにも、小学生の1年生から英語教育をと叫びたい。
ローマ字はいらない。
ところで、トリンプなんですが、これはどうやら日本だけの読み方のようですね。
英語では、「トライアンフ」と発音するようです。
スイスの会社だから、フランス語なのかな。
ああ、もうややこしい。
みなさん、日本語では、「トリウムプ」と言うことにしませんか。
コメント
凡蔵さん。あけましておめでとうございます
今年も宜しくお願いします
今年も愉快な記事楽しみにしていますよ~
あっはっは!分かります、それ♪
あけましておめでとうございます!
本年もよろしくお願いいたします。
凡蔵。さんのサラサラロングヘアーの妄想美少女と共に楽しい記事楽しみしてます!(^^)!
鋭い視線で、ツッコンで下さい♪
新年明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくです。
北海道の実家からおコメ配達でした(^^)
ありがとう、とっちゃん。
こちらこそ、よろしくお願いいたします。
今年も、何処かへ行きたいですね。
とっちゃんさんも今年は何処かへ行く予定とかあるんでしょうか。
とっちゃんの旅のブログを見て、私も行った気になって楽しんでいます。
今年も楽しい記事を楽しみにしています。
ありがとう、oriverさん。
こちらこそ、よろしくお願いいたします。
今年は、妄想じゃなくて、リアルなサラサラロングヘアーの美少女に出会えるといいなあ。
「前から好きだったんです。」って告白されたりして。
っていうのが、もう妄想だったりして。
ありがとう、kojiさん。
こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。
kojiさんも確かB型でしたよね。
お互い、今年も思いっきりB型でいきましょうね。
散散歩歩。(524)アイ・ハブ・ア・ドリーム。
通勤途中の地下鉄の扉の前に立っていると横に立っていた30才ぐらいのお兄さんが本を一所懸命に読んでいた。