平 凡蔵。の 創作劇場

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そうだ、ソウルへ行こう!(16)

ソウルに行く目的が中々決まらない。
とはいうものの、今すぐ絶対に決めなきゃいけないというものでもないであろう。
ゆっくり行くまでに決めればいいのだ。
人生もそうである。
人生の目的なんていうことは死ぬ時にゆっくりに考えればいいのである。
生きる意味や、人生の目的を考えるということは無意味だと思う。
もし仮に、生きる意味はこれだという人がいたなら教えてほしい。
その他のことには価値がないのか。
人間というのは「ただ生きているだけでいいのである。」
その他のことは考えなくてもいい。
人の役に立とうとか。いい事をしなきゃいけないとか。そんなことは考えてもいいが、とらわれちゃだめだ。ただ生きていればいい。
世間には、ただ生きていることだけでも困難な人が沢山いる。
凡の父親が入院していたとき、周りのベッドには自分で食べる事も出来ない、自分で排泄の処理をすることもできない人が沢山おられた。
1日中寝たままで、床ずれと戦っている。
付き添っている家族も疲れているだろう。
看護婦さんもしんどいに違いない。
しかし、そうして生きるしか方法がないのである。
病人も、家族も、看護婦もそうやって生きていくしかないのだ。
そうやって生きていくしかないのなら、仕方がない。
仕方がないなら、諦めよう。
今朝、雀が道路にこびりついた何やら判らない黒いゴミをついばんでいた。
小首を傾げてピーピー言いながら口ばしでつついている姿が可愛い。
「おうい。そんな訳の判らないもん食べて大丈夫なんか?」
人間の凡が見ても何か判別できないような黒いゴミを雀が何か判るわけが無い。
でも、無心についばんでいる。
凡はその雀が急に愛しくなってきた。
こんな雀でさえ、ただ生きる為に生きているのだ。
生きる意味なんていらない。
この雀のようにただ生きればいいのだ。
そうだソウルの雀は日本の雀と同じなのかな。

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